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「太平記」師賢登山の事付唐崎浜合戦の事(その3)

搦め手へは佐々木の三郎判官はんぐわん時信ときのぶ海東かいとう左近の将監しやうげん・長井丹後のかみ宗衡むねひら・筑後の前司貞知さだとも波多野はだの上野かうづけの前司宣道のぶみち・常陸の前司時朝ときともに、美濃・尾張をはり・丹波・但馬の勢を差し添へて七千余騎、大津、松本を経て、唐崎の松の辺まで寄せ懸けたり。坂本には兼ねてより相図あひづを指したる事なれば、妙法院めうほふゐん大塔おほたふの宮両門主もんじゆよひより八王子はちわうじへ御上がりあつて、御旗を被揚たるに、御門徒の護正院ごしやうゐん僧都そうづ祐全いうぜん妙光坊めうくわうばうの阿闍梨玄尊げんそんを始めとして、三百騎五百騎ここかしこより馳せ参りけるほどに、一夜のあひだに御勢六千余騎に成りにけり。天台の座主を始めて解脱同相げだつどうさうの御衣を脱ぎ給ひて、堅甲利兵けんかふりへいの御かたちに替はる。垂跡和光すゐじやくわくわうみぎりたちまちに変じて、勇士守禦しゆぎよの場と成りぬれば、神慮もいかがあらんと計り難くぞ思えたる。




搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])へは佐々木三郎判官時信(佐々木時信=六角時信)・海東左近将監・長井丹後守宗衡(長井宗衡)・筑後前司貞知(小田貞知)・波多野上野前司宣道(波多野宣道)・常陸前司時朝(北条時朝?)に、美濃・尾張・丹波・但馬の勢を差し添えて七千余騎、大津(現滋賀県大津市)、松本(現滋賀県大津市松本)を経て、唐崎の松(現滋賀県大津市にある唐崎神社)の辺まで寄せました。坂本(現滋賀県大津市)にはあらかじめ知らせていたので、妙法院(宗良むねよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)・大塔の宮(護良もりよし親王。同じく後醍醐天皇の皇子)両門主は、宵より八王子(現滋賀県大津市にある日吉大社)へ上られて、旗を上げると、門徒の護正院僧都祐全・妙光坊阿闍梨玄尊をはじめとして、三百騎五百騎があちこちより馳せ参り、一夜の間に勢は六千余騎になりました。天台座主をはじめ解脱同相([袈裟])の衣を脱いで、堅甲利兵([非常に強い兵力のこと])の姿に変わりました。垂跡和光([仏・菩薩などが衆生救済のため、威光を和らげ別の姿をとってこの世に現れること])の場所はたちまち、勇士守禦([守り防ぐこと])の場となって、神慮のほどもどうかと思われました。


続く
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by santalab | 2014-05-30 09:02 | 太平記 | Comments(0)

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