佐々木の判官も馬を射させて乗り替へを待つほどに、大敵左右より取り巻いてすでに討たれぬと見へけるを、名を惜しみ命を軽んずる若党ども、返し合はせ返し合はせ所々にて討に死にしけるその間に、万死を出でて一生に合ひ、白昼に京へ引き帰す。この頃までは天下しく静にして、軍と云ふ事は敢へて耳にも触れざりしに、にはかなる不思議出で来ぬれば、人皆あはて騒いで、天地もただ今打ち返す様に、沙汰せぬところもなかりけり。
佐々木判官(佐々木道誉)も馬を射られて乗り替えを待っていました、大敵が左右から取り巻いてすでに討たれようとしていましたが、名を惜しみ命を軽んじる若党([若い侍])たちが、返し合わせ返し合わせ所々で討たれるその間に、万死を遁れ一生を得て、白昼に京へ引き帰しました。この頃までは天下しく静かで、戦という言葉さえ耳にすることもありませんでしたが、突然不思議が顕われて、人は皆あわて騒いで、天地は今にもひっくり返るのではないかと、噂しない者はいませんでした。
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続く)