Santa Lab's Blog


「太平記」俊基被誅事並助光事(その2)

この朝臣の多年召し使ひける青侍あをさぶらひに後藤左衛門さゑもんじよう助光すけみつと云ふ者あり。しゆう俊基としもと召し取られ給ひし後、北の方に付きまゐせ嵯峨の奥に忍びてさふらひけるが、俊基としもと関東へ被召下給ふ由を聞き給ひて、北の方は堪へぬ思ひに伏ししづみて歎き悲しみ給ひけるを見奉るに、不堪悲して、北の方の御文を賜はつて、助光忍びて鎌倉へぞ下りける。今日明日けふあすのほどと聞こへしかば、今は早や斬られもやし給ひつらんと、行き逢ふ人に事の由を問ひ、ほどなく鎌倉にこそ着きにけれ。右少弁うせうべん俊基のをはするあたりに宿を借りて、いかなる便りもがな、事の子細をまうし入れんとうかがひけれども、不叶して日を過ごしけるところに、今日けふこそ京都よりの召人めしうどは斬られ給ふべきなれ、あな哀れや、なんど沙汰しければ、助光こはいかがせんと肝を消し、ここかしこに立ちて見聞けんもんしければ、俊基すでに張輿はりごしに乗せられて化粧坂けはひざかへ出で給ふ。




この朝臣(日野俊基としもと)が多年召し使っていた青侍([貴族・公家の家政機関に勤仕する侍])に後藤左衛門尉助光(後藤助光)という者がいました。
主人である俊基が捕らわれた後、北の方に付いて嵯峨(現京都市右京区)の奥に忍んでいましたが、俊基が関東に下されたことを聞いて、北の方は悲しみに堪えず伏し沈み嘆き悲しむのを見て、悲しくて、北の方の文を賜わって、助光は忍んで鎌倉へぞ下りました。今日明日にも斬られると聞いて、もう斬られたのではないかと、行き逢う人に訊ねながら、ほどなく鎌倉に着きました。右少弁俊基のおられる近くに宿を借りて、なんとか北の方の文、暮らしぶりを伝えようと隙を窺っていましたが、叶わないまま日を過ごしていました、今日京都からの召人が斬られることになった、かわいそうなことよ、などと話すのを聞いて、助光はいったいどうすればよいのかと肝を潰し、あちらこちらに出て見聞きすると、俊基はすでに張輿([屋形と左右の両側を畳表で張り、押縁おしぶち=板などを押さえるため、その上から打ち付ける細い材 。を打った略式の輿])に乗せられて化粧坂(鎌倉七口の一)に向かったということでした。


続く
[PR]
by santalab | 2014-06-04 07:57 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」俊基被誅事並助光事(...      「太平記」俊基被誅事並助光事(... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧