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「太平記」俊基被誅事並助光事(その3)

ここにて工藤二郎左衛門じらうざゑもんじよう請け取りて、葛原岡くずはらがをか大幕おほまく引いて、敷皮しきかはの上に坐し給へり。これを見ける助光が心の内たとへて云はん方もなし。目暮れ足も萎へて、絶え入るばかりにありけれども、泣く泣く工藤殿がまへに進み出でて、「これは右少弁殿の伺候しこうの者にて候ふが、最後のやう見奉り候はん為に遥々とまゐり候ふ。可然は御免をかうぶつて御前おんまへに参り、北の方の御文をも見参に入れ候はん」とまうしも敢へず、なみだをはらはらと流しければ、工藤も見るにあはれをもよほされて、不覚の泪堰き敢へず。「子細候まじ、早や幕の内へ御まゐり候へ」とぞ許しける。




ここで工藤二郎左衛門尉(工藤高景たかかげ)が日野俊基としもとを請け取り、葛原岡(現神奈川県鎌倉市)に大幕を引き、敷皮([毛皮の敷物])の上に据えました。これを見た助光の心の内はたとえようのないものでした。目は暮れ足もふるえて、今にも絶え入るばかりでしたが、泣く泣く工藤殿(高景)の前に進み出て、「わたしは右少弁殿(日野俊基)に仕える者でございますが、最期を見届け参らせようと遥々と参りました。できれば御免を賜って御前に参り、北の方の御文をお見せしたいのですが」と申しも敢えず、泪をはらはらと流したので、工藤(高景)も見るに哀れを催して、思わず泪を流し止めることができませんでした。「かまわぬ、早く幕の内へ参られよ」と許しました。


続く
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by santalab | 2014-06-04 08:01 | 太平記 | Comments(0)

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