助光幕の内に入つて御前跪く。俊基は助光を打ち見て、「いかにや」とばかりのたまひて、やがて泪に咽せび給ふ。助光も、「北の方の御文にて候ふ」とて、御前に差し置きたるばかりにて、これも涙に暮れて、顔をも持ち上げず泣き居たり。ややしばらくあつて、俊基涙を押し拭ひ、文を見給へば、「消え懸かる露の身の置き所なきに付けても、いかなる暮れにか、なき世の別れと承り候はんずらんと、心を砕く涙のほど、御推し量りもなほ浅くなん」と、詞に余りて思ひの色深く、黒み過ぐるまで書かれたり。俊基いとど涙に暮れて、読みかね給へる気色、見る人袖を濡らさぬはなかりけり。「硯やある」とのたまへば、矢立てを御前に差し置けば、硯の中なる小刀にて鬢の髪を少し押し切つて、北の方の文に巻き添へ、引き返し一筆書いて助光が手に渡し給へば、助光懐に入れて泣き沈みたる有様、理りにも過ぎて哀れなり。
助光は大幕の内に入ると俊基(日野俊基)の御前に跪きました。俊基は助光をわずかに見て、「どうしてここに」とばかり申して、たちまち泪に咽せびました。助光も、「北の方の文でございます」と言って、御前に差し置くのがやっとで、同じく涙に暮れて、顔も持ち上げることができないほどに泣いていました。ややしばらくあって、俊基は涙を押し拭い、文を見れば、「消え懸かる露の身ながらにして身の置き所もございません、いつの暮れか、一生会えないこともあるかと、心を砕くほどの悲しみに涙が溢れ出て止まることがございません、思われるほどよりも悲しみは深くて」と、言葉に余るほど悲しみの色は深いことが、とめどなく書かれていました。俊基はいっそう涙に暮れて、読みかねる気色を、見る人は袖を濡らさない者はいませんでした。「硯はあるか」と申すと、矢立ての硯([箙などの中に入れて陣中に携帯した小さい硯箱])を御前に差し置けば、硯の中にあった小刀で鬢([耳ぎわの髪])の髪を少し押し切って、北の方の文に巻き添えると、裏に一筆書いて助光に手渡しました、助光は懐に入れて泣き沈みましたが、道理にも余り哀れでした。
(
続く)