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「太平記」船上合戦事(その1)

さるほどに同じき二十九日、隠岐おきの判官、佐々木の弾正だんじやう左衛門、その勢三千余騎にて南北より押し寄せたり。このふなうへまうすは、北は大山だいせんに続きそばだち、三方さんぱうは地下がりに、峰に懸かれる白雲腰を廻れり。にはかにこしらへたる城なれば、いまだ堀の一所をも掘らず、屏の一重ひとへをも塗らず、ただ所々に大木少々切りたふして、逆茂木さかもぎに引き、坊舎ばうしやいらかを破つて、掻ひ楯にかけるばかりなり。寄せ手三千余騎、坂中さかなかまで攻め上つて、城中をきつと見上げたれば、松柏しようはく生ひ茂つていと深き木陰に、勢の多少は知らねども、家々の旗四五百流れ、雲にひるがへり、日に映じて見へたり。さては早や、近国の勢どものことごとく馳せ参りたりけり。この勢ばかりにては攻め難しとや思ひけん、寄せ手皆心に怪しみて進み得ず。




やがて同じ元弘三年(1333)閏二月二十九日、隠岐判官(佐々木清高きよたか)、佐々木弾正左衛門(佐々木昌綱まさつな)は、その勢三千騎余りで南北より船上せんじやうの山城(現鳥取県東伯とうはく郡)に押し寄せました(船上山の戦い)。船上山というのは、北は大山に続きそびえ立ち、三方は地下がりで、峰にかかる白雲は腰を廻っていました。急ぎ造った城でしたので、まだ堀の一つも掘らず、塀の一重も塗らず、ただ所々に大木を少々切り倒して、逆茂木([敵の侵入を防ぐために、先端を鋭くとがらせた木の枝を外に向けて並べ、結び合わせた柵])とし、坊舎の屋根を壊して、掻楯([垣根のように楯を立て並べること])としただけのものでした。寄せ手([攻め寄せる側の軍勢])三千騎余りは、坂の途中まで攻め上り、城の中を見上げると、松柏([常緑樹])が生い茂ってとても木陰は深く、勢の多少は分かりませんでしたが、家々の旗が四五百流れ、雲になびき、日に照らされていました。すでに、近国の勢たちが残らず馳せ参ったように思われました。この勢だけでは攻め落とせないと思って、寄せ手は皆怪しみ進むことができませんでした。


続く
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by santalab | 2014-06-05 20:44 | 太平記 | Comments(0)

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