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「太平記」船上合戦事(その3)

日すでに西山せいざんに隠れなんとしける時、にはかに天掻き曇り、風吹き雨降る事車軸しやぢくの如く、いかづちの鳴る事山をくづすが如し。寄せ手これに怖ぢわななひて、ここかしこの木陰に立ち寄つて群がり居たるところに、名和なわ又太郎長年ながとし舎弟太郎左衛門長重ながしげ、小次郎長生ながたかが、射手いてを左右に進めて散々に射させ、敵の楯のはしの揺るぐところを、得たりや賢こしと、抜き連れて打つてかかる。大手の寄せ手千余騎、谷底へ皆まくり落とされて、己が太刀・長刀なぎなたに貫かれて命を落とす者その数を不知。隠岐の判官ばかりからき命を助かりて、小舟一さうに取り乗り、本国へ逃げかへりけるを、国人いつしか心変はりして、津々浦々を固め防ぎける間、波に任せ風に随ひて、越前の敦賀つるがただよひ寄りたりけるが、幾ほどもなくして、六波羅没落の時、江州がうしう番馬ばんば辻堂つじだうにて、腹掻き切つて失せにけり。世澆季げうきになりぬといへども、天理いまだありけるにや、余りに君を悩まし奉りける隠岐の判官が、三十さんじふ余日が間に亡び果てて、首を軍門のはたほこに懸けられけるこそ不思儀なれ。




日がすでに西山に隠れようとした時、急に空が掻き曇り、、
風が吹き荒れ雨が降る様はまるで車軸([大雨の降ること])のようでした。寄せ手([攻め寄せる側の軍勢])はこれに恐れをなして、あちこちの木陰に集まって群がっていましたが、名和又太郎長年(名和長年)の弟である太郎左衛門長重(名和長重)、小次郎長生(名和長生)が、射手を左右に進めて散々に射させ、敵の楯の端が乱れたところを、うまくいったと、太刀を抜いて打ってかかりました。大手([敵の正面を攻撃する軍勢])の寄せ手一千騎馬余りは、谷底へ皆追い立てられて落とされ、自身の太刀・長刀に貫かれて命を落とす者はその数を知りませんでした。隠岐判官(佐々木清高きよたか)ばかりはなんとか命を助かって、小舟一艘に乗り、本国(隠岐国)へ逃げ帰ろうとしましたが、国人がいつの間にか心変わりして、津々浦々を固め防いだので、波に任せ風の吹くままに、越前の敦賀(現福井県敦賀市)にたどり着きました、それからどれほどもなく、六波羅が没落した時、江州(近江国)番馬の辻堂(現滋賀県米原市番場にある蓮華れんげ寺らしい)で、腹を掻き切って死にました。世は澆季([道徳が衰え、乱れた世])となったとはいえ、天理([万物に通じる道理])はまだ残っていたのでしょうか、あまりに君(第九十六代後醍醐天皇)を悩ませた隠岐判官(佐々木清高)が、三十日余りで亡んで、首を軍門([陣門])の幢([上部に小旗をつけた鉾])に懸けられたのは不思議なことでした。


続く
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by santalab | 2014-06-05 20:49 | 太平記 | Comments(0)

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