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「太平記」将軍筑紫御開の事(その2)

かかるところに、宗像むなかたの大宮司使者をまゐらせて、「おましの辺りは余りに分内ぶんないせばうて、軍勢の宿なんども候はねば、恐れながらこの弊屋へいをくへ御入りあつて、しばらくこの間の御窮屈を休められ、国々へ御教書みげうしよをなされて、勢を召され候ふべし」とまうしければ、将軍やがて宗像がたちへ入らせ給ふ。次の日小弐せうに入道妙恵めうゑが方へ、南の遠江とほたふみかみ宗継むねつぐ・豊田の弥三郎光顕みつあきを両使として、頼むべき由をのたまひ遣はされければ、小弐入道子細に及ばず、やがて嫡子の太郎頼尚よりなほに、若武者三百騎差し添へて、将軍へぞまゐらせける。




その折、宗像大宮司(宗像氏長うぢなが)は使者を遣わして、「将軍殿(足利尊氏)のおられる所はあまりにも分内([境界の内])が狭くて、軍勢の宿などもございませんので、恐れ多いことながらわたしの弊屋([拙宅])にお越しになられて、しばらくの窮屈な思いを休められて、国々へ御教書([御判御教書]=[将軍の命を奉じてその部下が出した文書])を出され、勢を集めなさいませ」と申したので、将軍(尊氏)はすぐに宗像の館を訪ねました。次の日小弐入道妙恵(少弐貞経さだつね)の許へ、南遠江守宗継(南宗継)・豊田弥三郎光顕(豊田光顕)を使いとして、頼りにしたいと申し遣わせると、小弐入道(貞経)は子細に及ばず、すぐに嫡子の太郎頼尚(少弐頼尚)に、若武者三百騎を付けて、将軍(尊氏)方に参らせました。


続く
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by santalab | 2014-06-06 19:54 | 太平記 | Comments(0)

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