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「太平記」赤坂城軍の事(その2)

されば寄せ手三十万騎さんじふまんぎの勢ども、打ち寄ると等しく、むまを踏み放ち踏み放ち、堀の中に飛び入り、やぐらの下に立ち並んで、我先に打ち入らんとぞ争ひける。正成は元よりはかりごと帷幄ゐあくうちに廻らし、勝つ事を千里の外に決せんと、陳平ちんべい張良ちやうりやう肺肝はいかんあひだより流出るしゆつせるが如きの者なりければ、究竟くつきやうの射手を二百余人城中じやうちゆうに籠めて、舎弟の七郎と、和田五郎正遠まさとほとに、三百余騎を差し添へて、外の山にぞ置きたりける。寄せ手はこれを思ひも寄らず、心を一片に取りて、ただ一揉みに揉み落とさんと、同時に皆四方しはうの切り岸の下に着いたりけるところを、やぐらの上、狭間さまの陰より、差し詰め引き詰め、やじりを支へて射ける間、時のほどに死人手負ひ千余人に及べり。




こうして寄せ手三十万騎の勢どもは、打ち寄ると同時に、馬から降りると、堀の中に飛び入り、櫓の下に立ち並んで、我先に打ち入ろうと争いました。正成(楠木正成)は元より謀略を帷幄([本陣])の中に廻らし、勝つ事を千里の外に決しめよう([勝ちを千里の外に決す]=[張良が軍師として優れていたことから、いながらに、計略をめぐらし,遠く離れている戦場で勝利 を得させること])と、陳平(中国秦末から前漢初期にかけての政治家・軍師)・張良(秦末期から前漢初期の政治家・軍師)の肺肝([肺臓と肝臓。心の奥底])の間より生まれた者でしたので、究竟の射手を二百余人城中に籠めて、弟の七郎(楠木正季まさすゑ)と、和田五郎正遠(和田正遠。楠木正成の甥)に、三百余騎を差し添えて、外の山に置きました。寄せ手はこれを思いも寄らず、心はひたすら、ただこの一戦で城を落とそうと、同時に皆四方の切り岸([絶壁])の下に着いたところを、櫓の上、狭間([城壁・櫓・軍船のへさきなどに設け、内から外をうかがったり矢・鉄砲などを用いたりするための小窓])の陰より、差し詰め引き詰め、鏃を番えて射たので、時(二時間)のほどに死人手負いは千余人に及びました。


続く
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by santalab | 2014-06-08 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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