Santa Lab's Blog


「太平記」赤坂城軍の事(その3)

東国の勢ども案に相違して、「いやいやこの城の為体ていたらく、一日二日には落つまじかりけるぞ、しばらく陣々を取つて役所を構へ、手分けをして合戦を致せ」とて攻め口を少し引き退き、むまの鞍を下ろし、物の具を脱いで、皆帷幕ゐばくうちにぞ休みたりける。楠木七郎・和田五郎、遥かの山より見下ろして、時刻よしと思ひければ、三百余騎を二手に分け、東西の山の木陰より、菊水きくすゐの旗二流れ松の嵐に吹き靡かせ、しづかにむまを歩ませ、煙嵐えんらんを捲いて押し寄せたり。東国の勢これを見て、敵か御方かとためらひ怪しむところに、三百余騎の勢ども、両方りやうばうより鬨をどつと作つて、雲霞の如くにたなびひたる三十万騎さんじふまんぎが中へ、魚鱗懸ぎよりんがかりに懸け入り、東西南北へつて通り、四方しはう八面を斬つてまはるに、寄せ手の大勢おほぜいあきれて陣を成しかねたり。




東国の勢どもは意に反して、「いやいやこの城の守り、一日二日では落ちるまい、しばらく陣々を取って役所([戦陣で、各将士が本拠とする詰所])を構え、手分けをして合戦を致せ」とて攻め口から少し引き退き、馬の鞍を下ろし、物の具([武具])を脱いで、皆帷幕([本陣])の中で休んでいました。楠木七郎(楠木正季まさすゑ。正成の弟)・和田五郎(和田正遠まさとほ。正成の甥)は、遥かの山より見下ろして、時よしと思って、三百余騎を二手に分け、東西の山の木陰より、菊水(楠木氏の家紋)の旗二流れ松の嵐に吹き靡かせて、静かに馬を歩ませ、煙嵐([山中にかかったもや])を巻き上げて押し寄せました。東国の勢はこれを見て、敵か味方かとためらい怪しむところに、三百余騎の勢ども、両方より鬨をどっと作って、雲霞の如くたなびく三十万騎の中へ、魚鱗懸かり([魚鱗の隊形で敵に攻めかかること])に懸け入り、東西南北へ割って通り、四方八面を斬り廻ったので、寄せ手の大勢はあわてて攻めることができませんでした。


続く
[PR]
by santalab | 2014-06-08 08:26 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」赤坂城軍の事(その4)      「太平記」赤坂城軍の事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧