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「太平記」赤坂城軍の事(その4)

城中じやうちゆうより三つの木戸を同時にさつと開いて、二百余騎切つ先を並べて打つて出で、手先を回して散々に射る。寄せ手さしもの大勢おほぜいなれどもわづかの敵に驚き騒いで、あるひは繫げる馬に乗つてあをれども進まず。あるひははづせる弓に矢を剥げて射んとすれども不被射。物の具一領りやうに二三人取り付き、「我がよ人のよ」と引き合ひけるそのあひだに、主被打ども従者じゆうさは不知、親被打共子も不助、蜘の子を散らすが如く、石川河原いしかはかはらへ引き退く。その道五十町があひだむま・物の具を捨てたる事足の踏み所もなかりければ、東条一郡とうでういちぐんの者どもは、にはかに徳付いてぞ見えたりける。さしもの東国勢思ひの外にし損じて、初度の合戦に負けければ、楠木が武略ぶりやくあなどりにくしとや思ひけん。吐田はんだ楢原ならばら辺に各々打ち寄せたれども、やがてまた押し寄せんとは不擬。




城中より三つの木戸を同時にさっと開いて、二百余騎切っ先を並べて打って出て、手先を回して散々に射ました。寄せ手はかなりの大勢でしたがわずかの敵に驚き騒いで、ある者は繫いだ馬に乗ってあおりましたが進みませんでした。ある者は外した弓に矢を剥げて射ようとしましたが射ることができませんでした。物の具([武具])一領に二三人が取り付き、「おれのだ人のだ」と引き合っている間に、主が討たれても従者([家来])はこれを知らず、親が討たれても子は助けず、まるで蜘の子を散らしたように、石川河原へ引き退きました。その道五十町(約5km)ほどの間は、馬・物の具([武具])が捨てられ足の踏み所もありませんでした、東条(千早)一郡の者たちは、いきなり金持ちになったような気がしました。東国勢は思いもしなかったことに、初度の合戦に負けて、楠木(正成)の武略侮り難く思いました。吐田(現奈良県御所市関屋)・楢原(現奈良県御所市楢原)辺に各々攻め寄せたものの、すぐにまた押し寄せようとは思いませんでした。


続く
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by santalab | 2014-06-08 08:35 | 太平記 | Comments(0)

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