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「太平記」赤坂城軍の事(その5)

ここにしばらく控へて、畿内の案内者を先に立てて、後詰めのなきやうに山を刈りまはり、家を焼き払うて、心安く城を攻むべきなんど評定ひやうぢやうありけるを、本間・渋谷の者どもの中に、親被打子被討たる者多かりければ、「命生きては何かせん、よしや我らが勢ばかりなりとも、馳せ向かうて討ち死にせん」と、いきどほりける間、諸人皆これに被励て、我も我もと馳せ向かひけり。かの赤坂の城とまうすは、東一方いつぱうこそ山田のくろ重々ぢゆうぢゆうに高くして、少し難所なんじよやうなれ、三方さんぱうは皆平地ひらちに続きたるを、堀一重ひとへに屏一重塗つたれば、如何なる鬼神が籠もりたりとも、何ほどの事か可有と寄せ手皆これをあなどり、また寄すると等しく、堀の中、切り岸の下まで攻め付いて、逆茂木を引き退けて打つて入らんとしけれども、城中じやうちゆうには音もせず、これはいかさま昨日きのふの如く、手負ひを多く射出だしてただよふところへ、後詰めの勢出だして、揉み合はせんずるよと心得て、寄せ手十万余騎を分けて、後ろの山へ差し向けて、残る二十万騎にじふまんぎ稲麻竹葦たうまちくゐの如く城を取り巻いてぞ攻めたりける。




ここにしばらく控えて、畿内の案内者を先に立てて、後詰めをされないように山を刈り廻り、家を焼き払って、安心して城を攻めるべきだと評定があり、本間・渋谷の者どもの中に、親討たれ子討たれたる者が多くいたので、「命生きて何になろう、ならば我らの勢ばかりなりとも、馳せ向かって討ち死にしようではないか」と、憤慨したので、諸人も皆これに励まされて、我も我もと馳せ向かいました。かの赤坂城と申すのは、東は一方こそ山田の畔を重ねて高くして、少し難所の様に見えましたが、三方は皆平地に続いていたので、堀一重に屏一重塗っただけでは、どんな鬼神が籠もろうとも、何の役に立つものかと寄せ手は皆これを侮って、また寄せると同時に、堀の中、切り岸([絶壁])の下まで攻め付いて、逆茂木を引き退けて打って入ろうとしましたが、城中には音もせず、これはきっと昨日のように、手負いを多く射出して落ちるところを、後詰めの勢を出して、戦わせる積もりと心得て、寄せ手十万余騎を分けて、後ろの山へ差し向けて、残る二十万騎を稲麻竹葦([何重にも取り囲まれているさま])の如く城を取り巻いて攻めました。


続く
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by santalab | 2014-06-08 08:40 | 太平記 | Comments(0)

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