Santa Lab's Blog


「太平記」赤坂城軍の事(その7)

四五日がほどは加様かやうにてありけるが、あまりに暗然あんぜんとして守り居たるも云ひ甲斐がひなし。はう四町しちやうにだに足らぬ平城ひらじやうに、敵四五百人籠もりたるを、東八箇国の勢どもが攻めかねて、遠攻とほぜめしたる事の浅ましさよなんど、後までも人に被笑事こそ口惜くちをしけれ。前々さきざきはやりのまま楯をも不衝、攻め具足をも支度せで攻むればこそ、そぞろに人をば損じつれ。この度は手立てを替へて可責とて、面々に持楯もちたてがせ、そのおもて板目皮いためがはを当てて、容易く被打破ぬやうこしらへて、かづき連れてぞ攻めたりける。切り岸の高さ堀の深さ幾ほどもなければ、走り懸かつて屏に着かん事は、いと安く思えけれども、これもまた釣屏つりべいにてやあらんとあやぶみて無左右屏には不着、皆堀の中にり漬かつて、熊手を懸けて屏を引きける間、すでに被引破ぬべう見へけるところに、城の内より柄の一二丈長き柄杓ひしやくに、熱湯ねつたうの湧きかへりたるを酌んで懸けたりける間、兜の天返てへん綿噛わたがみはづれより、熱き湯身にとほつて焼けただれければ、寄せ手こらへかねて、楯も熊手も打ち捨てて、ばつと引きける見苦しさ、矢庭やにはに死するまでこそなけれども、あるひは手足を被焼て立ちも不揚、あるひは五体を損じて病み臥す者、二三百人に及べり。




四五日のほどはこのようでしたが、あまりに暗然([悲しみや憂いに心がふさいでいるさま])として守るばかりではどうにもなりませんでした。四方四町(約400m)にも足らぬ平城に、敵がただ四五百人籠もっているばかりを、東八箇国の勢どもが攻めかねて、遠攻めするとは情けないことだと、後までも人に笑われるのは我慢できないことでした。前々は逸って楯も突かず、攻め具足も支度せずに攻めたので、自ずと人を損じたのだ。この度は戦術を変えて攻めようではないかと、面々に持楯を並べて、その面に板目皮([にかわ液を浸透させて 張り合わせ強固にした皮])を貼り、簡単に打ち破られないようにして、護りながら攻めました。切り岸([絶壁])の高さは堀の深さの何倍もあったので、走り懸かつて屏に取り付くことは、容易いように思えましたが、これもまた釣屏ではないかと思ってむやみに屏には取り付かず、皆堀の中に降りて、熊手を懸けて屏を引きました、すでに引き破られると見えるところに、城の内より柄が一二丈もある長い柄杓に、熱湯の湧き返ったものを酌んでかけたので、兜のてっぺん綿噛([鎧や具足の胴の両肩に懸ける部分の名称])の外れより、熱い湯身が通って焼けただれて、寄せ手は我慢できずに、楯も熊手も捨てて、ぱっと引く見苦しさは、即座にに死ぬことはないにしろ、ある者は手足が焼けて立つこともできず、あるいは五体を損じて病み臥す者が、二三百人もいました。


続く
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by santalab | 2014-06-08 08:51 | 太平記 | Comments(0)

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