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「太平記」俊基朝臣再関東下向の事(その2)

憂きをば留めぬ逢坂あふさかの、関の清水しみづに袖濡れて、すゑ山路やまぢ打出うちでの浜、沖を遥かに見渡せば、しほならぬ海に漕がれ行く、身を浮舟うきふねの浮きしづみ、駒もとどろと踏み鳴らす、勢多の長橋打ち渡り、行き交ふ人に近江路あふみぢや、世の宇根うねの野に鳴く鶴も、子を思ふかとあはれなり。時雨しぐれもいたく森山の、木下露このしたつゆに袖濡れて、風に露散る篠原や、しの分くる道を過ぎ行けば、鏡の山はありとても、なみだに曇りて見へ分かず。物を思へば夜の間にも、老蘇森おいそのもり下草したくさに、駒を止めてかへり見る、古郷ふるさとを雲や隔つらん。番馬ばんば醒井さめがゐ柏原かしはばら不破ふはの関屋は荒れ果てて、なほ漏る物は秋の雨の、いつか我が身の尾張をはりなる、熱田あつた八剣やつるぎ伏しをがみ、塩干しほひに今や鳴海潟なるみがたかたぶく月に道見へて、明けぬ暮れぬと行く道の、すゑはいづくと遠江とほたふみ、浜名の橋の夕塩ゆふしほに、引く人もなき捨て小船をぶね、沈み果てぬる身にしあれば、誰かあはれと夕暮れの、入相いりあひ鳴れば今はとて、池田の宿に着き給ふ。




悲しみを留めぬ逢坂(逢坂関。現滋賀県大津市)の、関の清水(逢坂の関跡付近にあった清水)に袖濡れて、末は山路を打ち出で打出浜(現滋賀県大津市打出浜)、沖を遥かに見渡せば、塩ならぬ海(琵琶湖)に漕がれ行く、我が身は浮舟のようにの浮き沈み、馬が蹄を轟かせ踏み鳴らし、勢多の長橋(現滋賀県大津市瀬田)を打ち渡り、行き交う人に逢う路や、世の畦野(現滋賀県長浜市高月町宇根?)に鳴く鶴も、子を思って鳴くかと思えば悲しくなりました。時雨がひどく降る森山(現滋賀県守山市)の、木下露に袖濡れて、風に露散る篠原(現滋賀県近江八幡市)や、篠分け道を過ぎ行けば、鏡山(現滋賀県蒲生郡竜王町)はあるものの、泪に曇って見えませんでした。物を思へば夜の間にも、老蘇森(現滋賀県近江八幡市)の下草に、駒を止めて返り見る、古郷を雲が隔てて見えませんでした。番馬(現滋賀県米原市)、醒井(現滋賀県米原市)、柏原(現滋賀県米原市)、不破(現岐阜県不破郡関ヶ原町)の関屋は荒れ果てて、なお漏るものは秋の雨の、いつか我が身の終わり(尾張国。現愛知県西部)なる、熱田の八剣(八剣宮。現愛知県名古屋市熱田区にある熱田神宮)を伏し拝み、塩干に今や鳴海潟(現愛知県名古屋市緑区鳴海付近にあった海浜)、傾く月に道見えて、明けぬ暮れぬと行く道の、末はいづくと遠江(遠江国。現静岡県西部)、浜名(現静岡県浜松市)の橋の夕塩に、引く人もなき捨て小船のように、沈み果てようとしている我が身であれば、誰か哀れむかと夕暮れの、入相の鐘([日暮れ時に寺でつく鐘])鳴れば今は、池田の宿(現静岡県磐田市)に着きました。


続く
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by santalab | 2014-06-09 21:51 | 太平記 | Comments(0)

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