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「太平記」俊基朝臣再関東下向の事(その6)

清見潟きよみがたを過ぎ給へば、都に帰る夢をさへ、とほさぬ波の関守に、いとど涙をもよほされ、向かひはいづこ三穂みほが崎・奥津おきつ神原かんばら打ち過ぎて、富士の高峯を見給へば、雪の中より立つけぶりうへなき思ひに比べつつ、明くる霞に松見へて、浮島が原を過ぎ行けば、塩干しほひや浅き船浮きて、り立つ田子のみづからも、浮世を廻る車返くるまがへし、竹の下道行き悩む、足柄山あしがらやまたうげより、大磯小磯おほいそこいそを見下ろして、袖にも波は小動こゆるぎの、急ぐとしもはなけれども、日数ひかず積もれば、七月二十六日の暮れほどに、鎌倉にこそ着き給ひけれ。その日やがて、南条なんでう左衛門高直たかなほ請け取り奉つて、諏防すは左衛門にあづけらる。一間なる処に蜘手厳しく結うて、押し籠め奉る有様、ただ地獄ぢごくの罪人の十王じふわふちやうに渡されて、首械くびかせ手械てかせを入れられ、罪の軽重きやうぢゆうただすらんも、かくやと思ひ知られたり。




清見潟(現静岡県静岡市清水区にあった景勝地)を過ぎれば、都に帰る夢さえ、通さぬ波の関守に、いっそう涙を催され、向かいはいずこ三穂が崎(現静岡県下田市)・奥津(現静岡県静岡市にある奥津彦神社 )・神原(現静岡県静岡市清水区)を打ち過ぎて、富士の高峯を見れば、雪の中より立つ煙を、これほどない悲しみに比べつつ、明ける霞に松見へて、浮島が原(現静岡県富士市)を過ぎ行けば、塩干に浅き船浮いて、下り立つ田子(田子の浦。現静岡県富士市)は自ずと、浮世を廻る車返し、竹の下道を通りかね、足柄山の峠(現神奈川県足柄下郡箱根町の足利峠)より、大磯小磯(現神奈川県中郡大磯町)を見下ろして、袖にも波は小動(現神奈川県鎌倉市にある小動神社)に、急ぐつもりはありませんでしたが、日数積もれば、七月二十六日の暮れほどに、鎌倉に着きました。その日すぐに、南条左衛門高直(南条高直)が請け取って、諏防左衛門に預けられました。一間なる所に蜘手を幾重にも張って、押し籠められる有様は、ただ地獄の罪人の十王([地獄において亡者の審判を行う十尊])の庁に渡されて、首械手械をはめられて、罪の軽重を糾問されるのも、このようなものではないかと思い知られるのでした。


続く


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by santalab | 2014-06-09 22:08 | 太平記 | Comments(0)

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