南方の敵軍、無事故退治しぬとて、将軍義詮朝臣帰洛し給ひければ、京中の貴賎悦び合へる事不斜。主上も無限叡感あつて、さつそくの大功、殊に以つて神妙の由、勅使を下されて仰せらる。すなはち今度御祈祷の精誠を被致つる諸寺の僧綱・諸社の神官に、勧賞の沙汰あるべしと被仰出けれども、闕国も所領もなければ、わづかに任官の功をぞ被出ける。
南朝の敵軍を、無事に退治して、将軍義詮朝臣(足利義詮。足利尊氏の嫡男で室町幕府第二代将軍)が帰洛したので、京中の貴賎の者たちはたいそうよろこび合いました。主上(後光厳天皇)も限りなくよろこばれて、さっそくの大功、とりわけ神妙([殊勝])であると、勅使を下されて仰せられました。すぐに今度の祈祷に精誠([純粋な誠実さ])を尽くした諸寺の僧綱([僧尼を統率し諸寺を管理する官職])・諸社の神官たちに、勧賞([褒美])すべしと命じられましたが、闕国([国司または領主が欠けている国])も所領([領地])もなかったので、わずかに任官([官に任じられること])だけが行われました。
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続く)