Santa Lab's Blog


「太平記」義貞夢想の事付諸葛孔明事(その3)

その頃諸葛孔明しよかつこうめいと云ふ賢才の人、世を避け身を捨てて、蜀の南陽山にありけるが、せきを釣りかんを耕へして歌ふ歌を聞けば、

歩出斉東門とうもん。往到蕩陰里。里中有三墳。塁々皆相似。借問誰家塚。田疆古冶子。気能排南山。智方絶地理。一朝見讒言。二桃殺三士。誰能為此謀。国将斉晏子。

とぞ歌ひける。蜀の智臣これを聞きて、かれが賢なるところを知りければ、これを召してまつりごとを任せ、官を高くして世を治め給ふべき由をぞ奏しまうしける。劉備すなはちへいを重うし、礼を厚くして召されけれども、孔明敢へて勅に応ぜず。ただ澗飲岩栖かんいんがんせいして、生涯を断送だんそうせん事を楽しむ。




その頃諸葛孔明(諸葛亮)という賢才の人が、世を避け身を捨てて、蜀の南陽山(現河南省南陽市)に住んでおった、寂を釣り閑を耕しながら([閑寂枯淡]=[ひっそりとさびしく、質素の中にも深い味わいがあること])歌う歌を聞けば、

歩いて斉の国の東門を出て、遥か遠く村里を訪ねた。その村里には三つの墓がある。それらは重なり合うようにしてどれもそっくりだ。これは誰の墓なのかと尋ねれば、田開疆でんかいきよう古冶子こやしだと答えた(中国春秋時代、斉の三勇士。残る一人は公孫接こうそんしよう)。彼らの武力は南山(終南山。長安の南に位置する山)に達し、智恵ある者はいなくなってしまった。

そこで朝見([臣下が朝廷に参内して天子に拝謁すること])の時、二桃をもって三人の武将を殺した([二桃三士を殺す]=[互いに争わせて自殺させたことから、奇計によって人を自滅させるたとえ])。この謀略を計ったのが、国将(宰相)斉晏子(晏嬰あんえい。中国春秋時代の斉の政治家)である。(民謡ということらしいが、五言絶句なので孔明の時代にはなかったか?)と歌ったそうじゃ。蜀の智臣がこれを聞いて、孔明が賢者であることを知り、これを呼んで政治を任せ、官を高くして世を治め給ふべき由をぞ奏したのじゃ。劉備はすぐに幣([まひ]=[謝礼として贈る物])をたくさん用意し、礼を厚くして召したが、孔明は勅に応じなかったのじゃ。ただ澗飲岩栖(谷水を汲んで飲み岩屋に住むこと)して、一生涯を過ごそうと思っていたのじゃよ。


続く
[PR]
by santalab | 2014-06-10 08:30 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」義貞夢想の事付諸葛孔...      「太平記」義貞夢想の事付諸葛孔... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧