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「太平記」義貞夢想の事付諸葛孔明事(その5)

劉備りうびこれを貴寵きちようして、「朕有孔明こうめい如魚有水」と喜び給ふ。遂に公侯こうこうの位を与へて、その名を武侯ぶこうと号せられしかば、天下てんがの人これを臥龍ぐわりよういきほひありとおそれ合へり。その徳すでに天下をてうせしむべしと見へければ、魏の曹操さうさうこれを愁へて、司馬仲達しばちゆうたつと云ふ将軍しやうぐん七十万騎しちじふまんぎの兵をへて蜀の劉備を攻めんとす。劉備はこれを聞きて孔明に三十万騎さんじふまんぎの勢を付けて、魏と蜀とのさかひ、五丈原と云ふ所へ差し向けらる。魏蜀の兵河を隔てて相支ふる事五十ごじふ余日、仲達かつて戦はんとせず。これによつて魏の兵、漸く馬疲れ食尽きて日々にさうを減ぜり。




劉備は孔明をとても大事にして、「わたしと孔明は水魚の交わりである」とよろこびました。遂に孔明に公侯([各国の首長])の位を与えて、その名を武侯と呼ばれて(武侯と呼ばれるのは孔明の死後のこと)、天下の人は孔明を臥龍の勢いありと恐れ合ったのじゃ(孔明を臥龍と呼んだのは徐庶?)。その徳はすでに天下を治めるほどに思えたのじゃ、魏の曹操はこれを嘆いて、司馬仲達という将軍に七十万騎の兵を添えて蜀の劉備を攻めることにしました(この時、曹操も劉備もすでに亡くなっているが)、劉備はこれを聞いて孔明に三十万騎の勢を付けて、魏と蜀との境、五丈原という所へ差し向けたのじゃ。魏蜀の兵は河を隔てて対峙すること五十余日、仲達(司馬懿)はまったく戦おうとしなかった。これによって魏の兵は、しばらく馬は疲れ食は尽きて日々に竃([かまど])の煙は少なくなった。


続く
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by santalab | 2014-06-10 08:39 | 太平記 | Comments(0)

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