Santa Lab's Blog


「太平記」中堂新常灯消事

その頃都鄙とひあひだに、希代きたいの不思議ども多かりけり。山門の根本中堂こんぽんちゆうだう内陣ないぢんへ山鳩一番ひとつがひ飛び来たつて、新常灯しんじやうとう油坏あぶらつきの中に飛び入つて、ふためきける間、灯明とうみやうたちまちに消えにけり。この山鳩、堂中だうちゆうくらさに行き方に迷ふて、仏壇の上に翼を垂れて居たりけるところに、承塵なげしの方より、その色しゆを差したる如くなる鼠狼いたち一つ走り出で、この鳩を二つながら喰ひ殺してぞ失せにけり。そもそもこの常灯とまうすは、先帝山門へ臨幸りんかう成りたりし時、いにしへ桓武くわんむ皇帝のみづから掲げさせ給ひし常燈になぞらへて、御手づから百二十筋ひやくにじふすぢ燈心とうしんつかね、銀の御油坏に油を入れて、自ら掻き立てさせ給ひし燈明とうみやうなり。これひとへに皇統の無窮ぶきゆうかかやかさん為の御願ごぐわん、兼ねては六趣の群類ぐんるゐ暝闇みやうあんを照らす、慧光法燈ゑくわうほふとうの明らかなるに、思し召し準へて被始置し常燈なれば、未来永劫えいごふに至るまで消ゆる事なかるべきに、山鳩の飛び来たりて打ち消しけるこそ不思議なれ。それをいたちの喰ひ殺けるも不思議なり。




その頃都鄙([都と田舎])に、希代の不思議が多く起こりました。山門(比叡山)の根本中堂の内陣([神体または本尊を安置してある奥の間])に山鳩が一番い飛んで入り、新常灯([常灯]=[神仏の前に絶えずともしておく灯火])の油坏([油坏]=[灯油を入れ、灯芯を燃やし火をともすための陶製の小皿])の中に飛び入って、あわてふためいたので、灯明はたちまちに消えてしまいました。この山鳩が、堂中の暗さに行き先に迷い、仏壇の上に翼を垂れて休んでいたところに、承塵([屋根裏から落ちるちりなどを防ぐため、部屋の上方 に板・布・むしろなどを張ったもの])の方より、その色朱を差したような鼬が一匹走り出て、この鳩を二羽とも喰い殺しいなくなりました。そもそもこの常灯は、先帝(第九十六代後醍醐天皇)が山門に臨幸された時、古の桓武皇帝(第五十代桓武天皇)が自ら掲げられた常燈に準えて、手づから百二十筋の燈心を束ね、銀の油坏に油を入れて、自ら灯された燈明でした。これひとえに皇統が無窮([無限])に反映するための願であり、兼ねては六趣([六道]=[地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道])の群類の暝闇([くらやみ])を照らす、慧光の([真理を明らかに知る光])の法燈として照らされることを、思われて灯し始めた常燈であれば、未来永劫に至るまで消えることはあるはずもありませんでしたが、山鳩が飛び入って消えてしまうとは不思議なことでした。それを鼬が食い殺したのもまた不思議でした。


続く
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by santalab | 2014-06-15 12:34 | 太平記 | Comments(0)

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