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「太平記」相摸入道弄田楽並闘犬の事(その2)

ある官女くわんぢよこの声を聞いて、余りの面白さに障子しやうじの隙よりこれを見るに、新座・本座の田楽どもと見へつる者一人も人にてはなかりけり。あるひはくちばしかがまつてとびの如くなるもありあるひは身に翼あつてその形山伏の如くなるもあり。異類異形いるゐいぎやうの化け物どもが姿を人に変じたるにてぞありける。官女これを見て余りに不思議に思えければ、人を走らかしてじやう入道にふだうにぞ告げたりける。入道取る物も取り敢へず、太刀を取つてその酒宴の席に臨む。中門を荒らかに歩みける足音を聞いて、化け物は掻き消すやうに失せ、相摸入道は前後も不知ひ伏したり。とぼしびを掲げさせて遊宴の座席を見るに、まことに天狗の集まりけるよと思えて、踏みけがしたる畳のうへ禽獣きんじうの足跡多し。城の入道、暫く虚空を睨んで立ちたれども、敢へてまなこさへぎるものもなし。やや久しうして、相摸入道驚き覚めて起きたれども、惘然ばうぜんとして更に所知なし。後日に南家の儒者刑部ぎやうぶ少輔せう仲範なかのり、この事を伝へ聞いて、「天下まさに乱れんとする時、妖霊星えうれいぼしと云ふ悪星あくしやう下つてわざはひを成すといへり。しかも天王寺てんわうじはこれ仏法最初の霊地にて、聖徳太子みづか日本につぽん一州の未来記を留め給へり。さればかの化け物天王寺の妖霊星と歌ひけるこそ怪しけれ。いかさま天王寺辺より天下の動乱出で来て、国家敗亡はいばうしぬと思ゆ。あはれ国主徳ををさめ、武家仁を施して消妖はかりごとを被致よかし」と云ひけるが、果たして思ひ知らるる世に成りにけり。かの仲範まことに未然の凶を鑑みける博覧のほどこそ難有けれ。




ある官女がこの声を聞いて、あまりの面白さに障子の隙よりこれを見ると、新座([ 田楽・猿楽などで、本座に対して新しく結成した座])・本座([田楽や猿楽で、新しく成立した新座に対して、もとからあった座])の田楽どもと思えた者は一人も人ではありませんでした。あるものはくちばしが曲がり鳶のよう、あるものは体に翼があってその姿は山伏のようでした。異類異形([この世のものとは思えぬ、怪しい姿をしたもの])の化け物どもが姿を人に変えていたのでした。官女これを見てあまりに不思議に思って、人を走らせて城入道(安達時顕ときあき)に知らせました。城入道は取るものも取りあえず、太刀を持って酒宴の席に向かいました。中門を荒々しく歩く足音を聞いて、化け物は掻き消すようにいなくなりました、相摸入道(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)は前後不覚で酔いつぶれていました。灯火を掲げさせて遊宴の座席を見れば、天狗が集まったように思えて、踏み汚した畳のに禽獣([鳥獣])の足跡が多く残されていました。城入道は、しばらく空を睨んで立っていましたが、目に映るものはありませんでした。しばらくして、相摸入道(北条高時)は目を覚まして起き上がりましたが、朦朧として何も覚えていませんでした。後日に南家の儒者刑部少輔仲範(藤原仲範)は、このことを伝え聞いて、「天下がまさに乱れようとする時、妖霊星([凶事の前兆 として現われる妖しい星])という悪星が降って災いを起こすといいます。しかも天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)は仏法最初の霊地で、聖徳太子自ら日本一州の未来記を留めた所です。ならばその化け物たちが天王寺の妖霊星と歌ったことが怪しく思われます。きっと天王寺辺より天下の動乱が起こり、国家が敗亡する意味だと思います。ああ国主よ徳を治められ、武家は仁を施してこの受難を消してほしいものです」と言いましたが、結局この通りの世になりました。仲範がまだ見ぬ凶事を占ったその博覧はみごとでした。


続く
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by santalab | 2014-06-15 14:10 | 太平記 | Comments(0)

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