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「太平記」時政参篭榎嶋事(その2)

その跡を見るに、おほきなるいろこを三つ落とせり。時政ときまさ所願成就しよぐわんじやうじゆしぬと喜びて、すなはちかの鱗を取つて、旗のもんにぞ押したりける。今の三鱗形みついろこがたの文これなり。その後弁才天の御示現に任せて、国々の霊地へ人を遣はして、法華経奉納の所を見せけるに、俗名ぞくみやうの時政を法師の名に替へて、奉納ほうなふの筒の上に大法師だいほつし時政じせいと書きたるこそ不思議なれ。されば今相摸入道にふだう七代に過ぎて一天下いちてんがを保ちけるも、江の島の弁才天の御利生りしやう、または過去の善因に感じてげるゆゑなり。今の高時たかとき禅門、すでに七代を過ぎ、九代に及べり。されば可亡時刻じこく到来たうらいして、斯かる不思議の振る舞ひをもせられけるかとぞ思えける。




大蛇は大きな鱗を三つ落として行きました。時政(北条時政)は所願は成就したとよろこんで、すぐに鱗を取って、旗印にしました。今の三鱗形(北条鱗)の文がこれです。その後弁才天(江島弁財天。江島神社の祭神)の示現通り、国々の霊地へ人を遣わして、法華経奉納の所を見ると、俗名の時政を法師の名に替えて、奉納の筒の上には大法師時政と書いてありましたが不思議なことでした。こうして今相摸入道(北条高時たかとき。鎌倉幕府第十四代執権)は七代を過ぎて天下を保つことは、江島弁財天の利生([仏・菩薩(ぼさつ)が衆生に与える利益])、または過去の善因によるものでした。今の高時禅門で、すでに七代を過ぎ、九代に及びました。そして亡ぶべき時が訪れて、このような不思議の振る舞いをしたように思えました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 17:04 | 太平記 | Comments(0)

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