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「太平記」大塔宮熊野落の事(その1)

大塔おほたふ二品にほん親王しんわうは、笠置かさぎの城の安否あんびを被聞食為に、暫く南都の般若寺はんにやじに忍びて御座ありけるが、笠置の城すでに落ちて、主上被囚させ給ぬと聞こへしかば、虎の尾を踏む恐れ御身の上にせまりて、天地雖広御身を可被蔵所なし。日月雖明長夜ぢやうやに迷へる心地して、昼は野原の草に隠れて、露に臥すうづらの床に御涙を争ひ、夜は孤村こそんの辻に佇みて、人を咎むる里の犬に御心を被悩、いづくとても御心安かるべき所なかりければ、かくてもしばしはと被思食けるところに、一乗院いちじようゐん候人こうにん按察あぜち法眼ほふげん好専かうせん、いかんして聞きたりけん、五百余騎を卒して、未明びめいに般若寺へぞ寄せたりける。折節をりふし宮に奉り付きたる人独りもなかりければ一防ぎ防ぎて落ちさせ可給やうもなかりける上、透間もなくつはものすでに寺内じないに打ち入りたれば、紛れて御出であるべき方もなし。さらばよし自害せんと思し召して、すでに押し肌脱がせ給ひたりけるが、事叶はざらん期に臨んで、腹を切らん事はいと可安。もしやと隠れて見ばやと思し召しかへして、仏殿の方を御覧ずるに、人の読み懸けて置きたる大般若の唐櫃たうひつ三つあり。二つの櫃はいまだ開蓋を、一つの櫃は御きやうを半ば過ぎ取り出だして蓋をもせざりけり。この蓋を開けたる櫃の中へ、御身をしじめて臥させ給ひ、その上に御経を引きかづきて、隠形おんぎやうじゆを御心の内に唱へてぞおはしける。もし捜し被出ば、やがて突き立てんと思し召して氷の如くなる刀を抜いて、御腹に差し当てて、つはもの、「ここにこそ」と云はんずる一言を待たせ給ひける御心の内、推し量るもなほ可浅。




大塔の二品親王(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)は、笠置城(現京都府相楽郡笠置町にあった山城)の安否を聞かれるために、しばらく南都の般若寺(現奈良県奈良市般若寺町にある寺)に忍んでおられましたが、笠置城がすでに落ちて、主上(後醍醐天皇)が捕らわれたと聞こえたので、虎の尾を踏む([非常に恐ろしいこと])恐れが我が身の上に迫り、天地広しといえども身の置き所はありませんでした。日月は明るいといえども長夜に迷える心地がして、昼は野原の草に隠れて、露に臥す鶉の床([野宿すること])に涙を流し、夜は孤村([ぽつんとかけ離れたところにある村])の辻に佇んで、人に吠え掛かる犬に心を悩ませ、どこにも心休まる場所はありませんでした、わずかの間でもと思われていたところに、一乗院(高野山にある一乗院)の候人([門跡や諸大寺に仕えた妻帯・僧形の衆])按察法眼好専が、どうして知ったのか、五百余騎を卒して、未明に般若寺に攻めて来ました。ちょうど大塔の宮に付く者は一人もいませんでしたので一防ぎ防いで落ちることもできず、透間もなく兵がすでに寺内に打ち入った後でしたので、紛れて寺を出ることもできませんでした。ならば自害しようと思われて、押し肌を脱ぎましたが、遁れる路がなくなってから、腹を切ればよい。もしかすれば助かるかと隠れてみようと思われて、仏殿の方を見れば、人が読みかけて置いた大般若([大乗仏教の経典。六百巻])の唐櫃が三つありました。二つの櫃はまだ蓋を閉めたままで、一つの櫃は経を半分ほど取り出して蓋が開いていました。この蓋の開いた櫃の中へ、身を縮めて臥して、その上に経をかぶせて、隠形([自分の姿を隠して見えなくすること])の呪を唱えていました。もし見つかれば、すぐに突き立てようと思われて氷のような刀を抜いて、腹に差し当てて、兵が、「ここにいたぞ」と叫ぶ一言を待つ心の内を、推し量ることさえ憚られました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 17:10 | 太平記 | Comments(0)

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