Santa Lab's Blog


「太平記」大塔宮熊野落の事(その2)

さるほどにつはもの仏殿に乱れ入つて、仏壇の下天井てんじやうの上までも無残所捜しけるが、余りに求めかねて、「これていの物こそ怪しけれ。あの大般若のひつを開けて見よ」とて、蓋したる櫃二つを開いて、御経を取り出だし、底をひるがへして見けれどもをはせず。蓋開きたる櫃は見るまでもなしとて、兵皆寺中を出で去りぬ。宮は不思議の御命を継がせ給ひ、夢に道行く心地して、なほ櫃の中におはしけるが、もし兵また立ち帰り、くはしく捜す事もやあらんずらんと御思案あつて、やがてさきに兵の捜し見たりつる櫃に、入り替はらせ給ひてぞおはしける。案の如く兵どもまた仏殿に立ち帰り、「さきに蓋の開きたるを見ざりつるが無覚束」とて、御経を皆打ち移して見けるが、からからと打ち笑うて、「大般若の櫃の中をよくよく捜したれば、大塔おほたふの宮は入らせ給はで、大唐だいたう玄弉げんじやう三蔵こそおはしけれ」とたはぶれければ、兵皆一同に笑うて門外もんぐわいへぞ出でにける。これひとへに摩利支天まりしてん冥応みやうおう、または十六じふろく善神の擁護おうごに依る命なりと、信心肝に銘じ感涙かんるゐ御袖を湿うるほせり。




やがて兵が仏殿に乱れ入って、仏壇の下天井の上までも残る所なく探しましたが、どこにもいないので、「どこにもいないとはどういうことだ。あの大般若の櫃を開けて見ろ」と言って、蓋をした櫃二つを開いて、経を取り出し、底を返して見ましたがいませんでした。蓋が開いた櫃は調べるまでもないと、兵は皆寺中を出て行きました。大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)は不思議に命を助かり、夢の中で道行くような気がして、なおも櫃の中にいましたが、また兵が戻って来て、丹念に捜すこともあるだろうと思われて、すぐに前に兵が捜した櫃に、入れ替わり隠れました。思った通り塀はまた仏殿に戻って来て、「前に蓋が開いた櫃を見ていなかったぞ」と言って、経を皆櫃から出して調べましたが、からからと笑って、「大般若の櫃の中をよくよく捜したが、大塔の宮はおられず、大唐の玄弉三蔵(三蔵法師。『大般若経』は玄奘訳)がおられたぞ」と冗談を言ったので、兵は皆一同に笑って門外に出て行きました。これはひとえに摩利支天([陽炎を神格化した女神。常に身を隠し、護身・得財・勝利などをつかさどる])の冥応([知らない間に神仏が感応して利益を授けること])、または十六善神([般若経の誦持者じゆじしやを守護する十六の夜叉神])の擁護([侵害・危害から、かばい守ること])により助かった命だと、信心を肝に銘じ感涙で袖を濡らしました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 18:33 | 太平記 | Comments(0)

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