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「太平記」大塔宮熊野落の事(その4)

由良のみなとを見渡せば、沖漕ぐ舟の梶を絶へ、浦の浜木綿はまゆふ幾重いくへとも、知らぬ浪路なみぢに鳴く千鳥、紀伊遠山とほやまはるばると、藤代ふぢしろの松に掛かれる磯の浪なみ、和歌・吹上ふきあげを外に見て、月に磨ける玉津島、光も今はさらでだに、長汀曲浦ぢやうていきよくほの旅の路、心を砕く習ひなるに、雨を含める孤村こそんゆふべを送る遠寺ゑんじの鐘、あはれをもよほす時しもあれ、切目きりめ王子わうじに着き給ふ。その夜は叢祠そうしの露に御袖を片敷いて、夜もすがら祈り申させ給ひけるは、「南無帰命頂礼なむきみやうちやうらい三所権現・満山まんさん護法ごほふ・十万の眷属けんぞく・八万の金剛童子こんがうどうじ垂迹和光すゐじやくわくわうの月明らかに分段同居ぶんだんどうごの闇を照らさば、逆臣げきしんたちまちに亡びて朝廷再びかかやく事を令得給へ。伝へうけたまはる、両所権現りやうしよごんげんはこれ伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみ応作おうさなり。我が君その苗裔べうえいとして朝日てうじつたちまちに浮雲ふうんの為に被隠て冥闇たり。あに不傷や。玄鑒げんかん今似空。しんもし神たらば、君なんぞ為君」と、五体を地に投げて一心にまことを致してぞ祈り申させ給ひける。




由良の湊(現兵庫県洲本市)を遠く見渡せば、沖漕ぐ舟が梶を絶へ、浦の浜木綿([ヒガンバナ科の常緑多年草])幾重とも、知らぬ浪路に鳴く千鳥、紀伊路の遠山が遥かに見え、藤代の松(藤松=藤白の松。現和歌山県海南市にある藤白神社)に掛かる磯の浪、和歌(和歌浦。現和歌山県和歌山市)・吹上(現和歌山県和歌山市吹上)を遠く見て、月に輝く玉津島(かつて現和歌山市和歌浦にあった島。今は陸続き)、光を今は失って、長汀曲浦([長く続くみぎわと曲がりくねった入り江])の旅の路は、つらいものでしたが、雨に濡れる孤村([ぽつんとかけ離れたところにある村])の樹、夕べを送る遠寺の鐘に、悲しみを催しながら、切目王子(現和歌山県日高郡印南町にある神社)に着きました。その夜は叢祠([草むらなどにあるほこら])に袖を片敷いて、夜通し祈り申すには、「南無帰命頂礼([仏に対する帰依礼拝を表す語])三所権現([熊野三社の主祭神])・満山護法([護法善神]=[善天狗。修験道の寺院や霊場や修行者を守る 護法善神])・十万眷属(一万眷属。[三所権現の使者])・八万金剛童子(十万金剛童子。[行者を守護する神])、垂迹和光([仏・菩薩などが衆生救済のため、威光を和らげ別の姿をとってこの世に現れること])の月明らかに分段同居([凡夫も聖人もともに住んでいる娑婆世界])の闇を照らせば、逆臣たちまちに亡んで朝廷は再び輝きを取り戻すことでしょう。伝え聞いております、両所権現([熊野本宮大社・熊野速玉大社に祀られる十二柱の神のうち、第一殿=西宮・第二殿=中宮。の祭神])は伊弉諾尊(伊邪那岐大神。第二殿=中宮の祭神)・伊弉冉尊(伊邪那美尊。第一殿=西宮の祭神)の応作([応化おうげ]=[仏・菩薩が世の人を救うために、相手の性質・力量に応じて姿を変えて現れること])だと。我が君(大塔の宮)は伊弉諾尊・伊弉冉尊の苗裔([子孫])ですが朝日はたちまちにして浮雲に隠されて冥闇([暗闇])となってしまいました。不憫に思われませんか。玄鑒([神仏が、人の行動を照らし見ていること])も今はむなしいばかりです。神が神であられるのなら、君を君らしく為されますように」と、五体を地に投げて([五体投地]=[仏教徒が行う最高の敬礼法])一心に心を尽くして祈り申しました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 18:41 | 太平記 | Comments(0)

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