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「太平記」大塔宮熊野落の事(その8)

かくて十余日を過ごさせ給ひけるに、ある夜家主いへあるじ兵衛ひやうゑじよう、客殿に出でてたきびなどせさせ、四方山よもやまの物語どもしけるついでにまうしけるは、「方々は定めて聞き及ばせ給ひたる事も候ふらん。まことやらん、大塔おほたふの宮、京都を落ちさせ給ひて、熊野の方へ赴かせ給ひさふらひけんなる。三山の別当定遍僧都ぢやうべんそうづは無二の武家方にて候へば、熊野辺に御忍びあらん事は難成思え候ふ。あはれこの里へ御入り候へかし。所こそ分内ぶんないせばく候へども、四方しはう嶮岨けんそにて十里じふり二十里が内へは鳥も翔けり難き所にて候ふ。そのうへ人の心不偽、弓矢を取る事世に超えたり。されば平家の嫡孫惟盛これもりまうしける人も、我らが先祖を頼みてこの所に隠れ、遂に源氏の世に無恙さふらひけるとこそうけたまはり候へ」と語りければ、宮まことに嬉しげに思し召したる御気色きしよく顕はれて、「もし大塔の宮なんどの、この所へ御頼みあつて入らせ給ひたらば、被憑させ給はんずるか」と問はせ給へば、戸野とのの兵衛、「まうすにや及び候ふ。身不肖ふせうに候へども、それがし一人だに斯かる事ぞと申さば、鹿瀬ししがせ蕪坂かぶらさか・湯浅・阿瀬川あぜがは小原をばら芋瀬いもせ中津川なかつがは・吉野十八郷じふはちがうの者までも、手刺す者候ふまじきにて候ふ」とぞ申しける。




こうして十日余りを過ごされて、ある夜家主の(戸野)兵衛尉が、客殿に出て薪など焚きながら、四方山話などをするついでに申すには、「方々はきっと知っておられることでしょう。本当でしょうか、大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)が、京都を落ちられて、熊野の方へ赴いたそうです。。三山の別当定遍僧都は無二の武家方ですれば、熊野辺にお忍びになられるのはむつかしいでしょう。ああこの里に入られたら。分内([領地])は狭いですが、四方は皆嶮岨([地勢のけわしいさま])にして十里二十里の内へは鳥も翔けないような所でございます。その上人の心に偽りなく、弓矢を取っては世に勝れています。平家の嫡孫惟盛(平惟盛。清盛の嫡孫)と申された人も、我らの先祖を頼ってこの場所に隠れ、遂に源氏の世になっても何事なく過ごしたと聞いております」と話したので、大塔の宮はとてもうれしそうな表情で、「もし大塔の宮と申す者が、ここを頼って入れば、頼まれるつもりか」と訊ねると、戸野兵衛は、「申すまでもございません。身は不肖ですが、わたし一人がそうすると申せば、鹿瀬・蕪坂・湯浅・阿瀬川・小原・芋瀬(五百瀬)・中津川・吉野十八郷の者までも、反対する者はおりません」と申しました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 21:28 | 太平記 | Comments(0)

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