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「太平記」大塔宮熊野落の事(その10)

さるほどに熊野の別当定遍ぢやうべんこの事を聞いて、十津川とつがはへ寄せんずる事は、たとひ十万騎じふまんぎの勢ありとも不可叶。ただその辺の郷民がうみんどもの欲心を勧めて、宮を他所へおびき出だし奉らんと相計あひはかつて、道路だうろの辻に札を書いて立てけるは、「大塔おほたふの宮を奉討たらん者には、非職凡下ひしよくぼんげを不云、伊勢の車間くるましやうを恩賞に可被充行由を、関東くわんとう御教書みげうしよ有之。その上に定遍先づ三日が内に六万貫ろくまんぐわんを可与。御内伺候みうちしこうの人・御手の人を討ちたらん者には五百貫、降人かうにんに出でたらんともがらには三百貫、いづれもその日の内に必ず沙汰し与ふべし」と定めて、奥に起請文きしやうもんことばを載せて、厳密の法をぞ出だしける。それ移木いぼくの信は為堅約、献芹けんきんまひなひは為奪志なれば、欲心強盛よくしんがうじやう八庄司しやうじどもこの札を見てければ、いつしか心変じ色替はつて、怪しき振る舞ひにぞ聞こへける。宮「かくてはこの所の御住居すまゐ、始終悪しかりなん。吉野の方へも御出であらばや」と被仰けるを、竹原入道、「如何なる事や候ふべき」と強ひて留めまうしければ、かれが心を破られん事も、さすがに叶はせ給はで、恐懼きようくうちに月日を送らせ給ひける。




やがて熊野別当定遍はこれを聞いて、十津川へ寄せては、たとえ十万騎の勢でも敵わない、ただその辺の郷民どもの欲心を勧めて、大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)を他所へおびき出そうと考えて、道路の辻に札を書いて立てました、「大塔の宮を討った者には、非職凡下([官職をもたない者・身分の低い者])に関わりなく、伊勢の車間庄を恩賞に与えると、関東(鎌倉幕府)の御教書([三位以上の公卿または将軍の命を奉じてその部下が出した文書])にある。その上に定遍まず三日の内に六万貫を与える。御内伺候の人・手の人を討ち取った者には五百貫、降人に出てきた輩には三百貫、いずれもその日の内に必ず沙汰し与える」と書いて、奥に起請文([神仏への誓いを記した文書])の詞を載せて、厳密の法であることを示しました。移木の信([約束をきちんと守ること])に心引かれ、献芹([君主に忠義を尽くすこと])の賂に心を変えて、欲心強盛の八庄司([熊野八庄司]=[紀伊熊野の八つの庄の庄司])どもはこの札を見て、いつしか心変わり色を替えて、怪しい振る舞いをするようになりました。大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)は「こうなってはここにいては、よろしくなかろう。吉野の方へ移ろう」と申されました、竹原入道が、「何も心配ございません」と強く留め申したので、竹原入道の心にたがえるのも、さすがにできずに、恐懼([おそれかしこまること])の中で月日を送られました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 21:39 | 太平記 | Comments(0)

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