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「太平記」大塔宮熊野落の事(その12)

宮はこの事いづれも難議なりと思し召して、敢へて御返事もなかりけるを、赤松律師則祐そくいう進み出でて申しけるは、「危ふきを見て命を致すは士卒じそつの守るところに候ふ。されば紀信きしんいつはつて敵に降り、魏豹ぎへうは留まつて城を守る。これ皆主の命に代はりて、名を留めし者にて候はずや。とてもかうてもかれが所存解けて、御所を通し可進にてだに候はば、則祐御大事に代はつて罷り出で候はん事は、子細あるまじきにて候ふ」と申せば、平賀の三郎これを聞いて、「末座ばつざの意見卒爾そつじの議にて候へども、この艱苦かんくの中に付き纏ひ奉りたる人は、雖一人上の御為には、股肱耳目ここうじぼくよりも難捨被思召候べし。なかんづく芋瀬いもがせ庄司しやうじまうすところ、げにも難被黙止候へば、その安きに就けて御旗ばかりを被下候はんに、何のわづらひか候ふべき。戦場せんぢやうに馬・物の具を捨て、太刀・刀を落として敵に被取事さまでの恥ならず。ただかれがまうし請くる旨に任せて、御旗を被下候へかし」と申しければ、宮げにもと思し召して、月日を金銀にて打つて付けたる錦の御旗を、芋瀬の庄司にぞ被下ける。かく宮は遥かに行き過ぎさせ給ひぬ。




大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)はこれを決めかねて、返事をしませんでしたが、赤松律師則祐(赤松則祐)が進み出て申すには、「危ういと見て主の命に替わるのは士卒([武士])の義務です。紀信(劉邦に仕えた武将)は偽って敵(項羽)に降り、魏豹(劉邦・項羽に仕えたあげく、最後は反乱を起こす恐れありと殺害されたが)は留まって城を守ったのです。これらは皆主の命に代えて、名を残した者たちではありませんか。なんとしてでも芋瀬庄司の願いを叶えて、ここを通らなくてはなりません、この則祐が今の大事主に代わって降参しましょう、悩むまでもないことでございます」と言うと、平賀三郎(平賀国綱くにつな)はこれを聞いて、「末座の意見卒爾([軽率なこと])ではございますが、この艱苦([つらく苦しいこと])に従い付く人を、ただ一人たりとも上(大塔の宮)のために、股肱耳目([もも・肘・耳・目])より見捨ててはなりません。とりわけ芋瀬庄司の申すところ、放ってはおけません、一番容易い旗ばかりを下されるのに、何の不都合がありましょう。戦場で馬・物の具([武具])を捨て、太刀・刀を落として敵に取られたところで大した恥でもありません。ただ芋瀬庄司が申す通り、旗を下されますよう」と言うと、大塔の宮ももっともだと思われて、月日を金銀で打ち付けた錦の旗を、芋瀬庄司に下されました。こうして大塔の宮は十津川を遥かに行き過ぎました。


続く
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by santalab | 2014-06-15 21:51 | 太平記 | Comments(0)

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