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「太平記」大塔宮熊野落の事(その13)

しばらくあつて村上彦四郎義光よしてる、遥かの跡に下がり、宮に追つ着きまゐらせんと急ぎけるに、芋瀬いもがせ庄司しやうじ無端道にて行き合ひぬ。芋瀬が下人持たせたる旗を見れば、宮の御旗なり。村上怪しみて事のやうを問ふに、しかじかの由を語る。村上、「こはそも何事ぞや。かたじけなくも四海のあるじにておはします天子の御子みこの、朝敵てうてき追罰つゐばつの為に、御門おんかど出である路次ろしに参り合うて、なんぢらほどの大凡下だいぼんげの奴ばらが、左様さやうの事可仕様やある」と云つて、すなはち御旗を引き奪うて取り、あまつさへ旗持ちたる芋瀬が下人の大のをとこを掴んで、四五丈ばかりぞ投げたりける。その怪力くわいりよく無比類にや怖ぢたりけん、芋瀬の庄司一言いちごんの返事もせざりければ、村上みづから御旗を肩に懸けて、無程宮に奉追着。義光御前おんまへひざまづていこの様をまうしければ、宮まことに嬉しげに打ち笑はせ給ひて、「則祐そくいうが忠は孟施舎まうししやが義をまぼり、平賀が智は陳丞相ちんしようじやうはかりごとを得、義光が勇は北宮黝ほくきゆういういきほひを凌げり。この三傑を以つて、我盍治天下や」と被仰けるぞ忝き。




しばらくして村上彦四郎義光(村上義光)は、遥かに遅れて、大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)に追いつこうと急いでいましたが、芋瀬庄司と端もない道で出会いました。芋瀬が下人に持たせた旗を見れば、大塔の宮の旗でした。村上(義光)は不思議に思ってどうしたのかと訊ねると、しかじかと答えました。村上は、「なんてことをしたのだ。畏れ多くも四海([国内])の主であられる天子(後醍醐天皇)の皇子が、朝敵(鎌倉幕府)追罰のために、出られた道中で、お前らほどの大凡下([身分の低い者])の奴らが、どうしてそんなことをするのだ」」と言って、すぐに旗を奪い取り、その上に旗を持っていた芋瀬の下人である大の男を掴み上げると、四五丈(約12~15m)ほども投げ飛ばしました。その怪力は比べる者もなく恐れ入って、芋瀬庄司は一言も返事しませんでした、村上(義光)は旗を肩にかけると、ほどなく大塔の宮に追いつきました。義光が御前にひざまついて旗を取り返してきたことを申せば、大塔の宮はとてもうれしそうに笑われて、「則祐(赤松則祐)の忠は孟施舎(勇士)のよう、平賀(平賀国綱くにつな)の智は陳丞相(陳平)の計略、義光の勇は北宮黝をしのぐほどぞ。この三傑がいれば、どうして我が天下を治めないことがあろう」と申されましたがかたじけないことでした。


続く
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by santalab | 2014-06-15 21:58 | 太平記 | Comments(0)

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