Santa Lab's Blog


「太平記」大塔宮熊野落の事(その14)

その夜は椎柴垣しひしばがきの隙露はなる山賤やまがついほりに、御枕を傾けさせ給ひて、明くれば小原をばらへと心ざし、たきぎ負うたる山人やまうどの行き逢ひたるに、道のやうを御たづねありけるに、心なき樵夫きこりまでも、さすが見知りまゐらせてやありけん、薪を下ろし地にひざまづいて、「これより小原へ御とほり候はん道には、玉木たまぎ庄司殿しやうじどのとて、無弐の武家方の人をはしまし候ふ。この人を御語らひ候はでは、いくらの大勢おほぜいにてもその前をば御通りさふらひぬと不思候。恐れあるまうし事にて候へども、先づ人を一二人御使ひに被遣候ひて、かの人の所存をも被聞召候へかし」とぞ申しける。宮つくづくと聞こし召して、「『芻蕘すうぜうことばまでも不捨」と云ふはこれなり。げにも樵夫きこりが申すところさもと思ゆるぞ」とて、片岡かたをか八郎・矢田彦七二人ににんを、玉置の庄司が許へ被遣て、「この道を御通りあるべし、道の警固に、木戸きどを開き、逆茂木を引き退けさせよ」とぞ被仰ける。玉置の庄司御使ひに出で合つて、事の由を聞いて、無返事ぶへんじにて内へ入りけるが、やがて若党わかたう中間ちゆうげんどもに物の具させ、馬に鞍置き、事のてい騒がしげに見へければ、二人ににんの御使ひ、「いやいやこの事叶ふまじかりけり。さらば急ぎ走りかへつて、この由を申さん」とて、足早に帰れば、玉置が若党ども五六十人、取太刀ばかりにて追つ懸けたり。二人の者立ち留まり、小松の二三本ありける陰よりをどり出で、真つ先に進んだる武者の馬の諸膝もろひざ薙いで刎ね落とさせ、かへす太刀にて首打ち落として、つたる太刀を押しなほしてぞ立つたりける。




その夜は椎柴垣の隙露わなる山賤([山仕事を生業とする身分の低い者])の庵([粗末な家])に、枕を傾けて、明ければ小原(奈良県吉野郡十津川村小原)を目指していると、薪を負った山人とすれ違いました、大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)が道を尋ねられると、心ない樵夫までもが、さすがに見知っていたのか、薪を下ろし地にひざまづいて、「これより小原へ行くには、玉木庄司殿と申す、無二の武家方の人の所を通らなくてはなりません。この人を味方に付けなければ、いくら大勢なりともその前を通ることはできません。畏れ多いことですが、まず一二人をお使いに遣らせて、かの人の意を聞かれてみてはどうでしょうか」と言いました。大塔の宮はじっくり聞かれて、「芻蕘([きこり])の言葉を無視できぬ」と宮つくづくと聞こし召して、「『芻蕘にはかる』([草刈りや木こりのような身分の低い者にも、広く意見を聞いて参考にすること])というのはこのこと。たしかに樵夫が申すところ理のあることよ」と申して、片岡八郎・矢田彦七の二人を、玉置庄司の許へ遣わしました、「この道を大塔の宮がお通りになられる。木戸を開き、逆茂木([敵の侵入を防ぐための柵])を退けよ」と申しました。玉置庄司は使いの前に出て、これを聞くと、返事もせずに内に入りましたが、やがて若党([若い侍])・中間([公家・武家・寺院などで召し使われた男])どもに物の具([武具])を着せて、馬に鞍を置き、なにやら物騒に見えたので、二人の使いは、「ここを通さないつもりのようだ。ならば急ぎ走り帰って、これを申し上げなくては」と、足早に帰りましたが、玉置の若党ども五六十人が、太刀を持って追いかけてきました。二人の使いは立ち止まり、小松が二三本ある陰より躍り出て、真っ先に進んだ武者の馬の諸膝([両膝])を薙いで馬から落とし、返す太刀で首を打ち落として、反った太刀を押し直して立ちはだかりました。


続く
[PR]
by santalab | 2014-06-15 22:19 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」大塔宮熊野落の事(そ...      「太平記」大塔宮熊野落の事(そ... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
さらに付け加えますと、こ..
by 八島 守 at 09:03
おそらく「国民文庫」だと..
by santalab at 21:09
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧