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「太平記」大塔宮熊野落の事(その16)

宮これを御覧じて、玉顔ぎよくがん殊におごそかに打ち笑ませ給ひて、御手の者どもに向かつて、「矢種のあらんずるほどは防ぎ矢を射よ、心しづかに自害して名を万代に可貽。ただし各々相構あひかまへて、我より先に腹切る事不可有。我すでに自害せば、おもての皮を剥ぎ耳鼻を切つて、たれが首とも見へぬやうにし成して捨つべし。その故は我が首をもし獄門に懸けて被曝なば、天下に御方の心ざしをそんぜん者は力を失ひ、武家はいよいよ所恐なかるべし。『死せる孔明生ける仲達ちゆうたつを走らしむ』と云ふ事あり。されば死して後までも、威を天下に残すを以つて良将りやうしやうとせり。今はとても遁れぬところぞ、相構へて人々きたなびれて、敵に笑はるな」と被仰ければ、御供のつはものども、「何故なにゆゑか、きたなびれ候ふべき」とまうして、御前おんまへに立つて、敵の大勢にて攻め上りける坂中の辺まで下り向かふ。その勢わづか三十二人さんじふににん、これ皆一騎当千いつきたうせんの兵とはいへども、敵五百余騎に打ち合うて、可戦やうはなかりけり。




大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)はこれを見て、玉顔([玉のように美しい顔])をとりわけ厳しく微笑んで、手の者どもに向かって、「矢種のある限り防ぎ矢を射よ、心静かに自害して名を万代に残そうと思う。ただし各々決して、我より先に腹を切ってはならぬ。我が自害したら、顔の皮を剥ぎ耳鼻を切って、誰の首とも分からぬようにして捨てよ。その訳は我が首がもし獄門に懸けられて晒されば、天下に味方しようと思っている者は力を失い、武家はますます恐れをなさぬであろう。『死せる孔明生ける仲達を走らしむ』というではないか。ならば死んだ後までも、威を天下に残すのが良将というものぞ。今はとても遁れられぬ、者どもよ無様な死に様をして、敵に笑われるな」と申されたので、供の兵どもは、「どうして、無様な姿を見せましょうぞ」と言って、前に立って、敵が大勢で攻め上って来る坂の途中まで下り向かいました。その勢わずか三十二人でした、この者たちは皆一騎当千の兵でしたが、敵五百余騎に打ち合って、敵うはずもありませんでした。


続く
by santalab | 2014-06-16 07:40 | 太平記

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