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「太平記」大塔宮熊野落の事(その17)

寄せ手は楯を雌鳥羽めんどりばに突きしとうてかづあがり、防ぐつはものは打ち物のさやはづして相懸あひかかりに近付くところに、北の峯より赤旗三流れ、松の嵐にひるがへして、その勢六七百騎がほど懸け出でたり。その勢次第に近付くままに、三手に分かつて鬨の声を上げて、玉置たまぎ庄司しやうじに相向かふ。真つ先に進んだる武者大音声だいおんじやうを上げて、「紀伊の国の住人ぢゆうにん野長瀬のながせの六郎・同じき七郎、その勢三千余騎にて大塔おほたふの宮の御迎ひに参るところに、かたじけなくもこの君に向かひ参らせて、弓を引き楯をつらぬる人はたれぞや。玉置庄司殿と見るは僻目か、ただ今可滅武家の逆命に随つて、即時に運を開かせ可給親王しんわうに敵対まうしては、一天下いちてんがあひだいづれの処にか身を置かんと思ふ。天罰不遠から、これをしづめん事我らが一戦の内にあり。余すな漏らすな」と、をめき叫んでぞ懸かりける。これを見て玉置が勢五百余騎、敵はじとや思ひけん、楯を捨て旗を巻いて、たちまちに四角八方へ逃げ散ず。




寄せ手(玉置庄司)は楯を雌鳥羽([左を上に右を下にすること])に並べて突き出し、防ぐ兵(大塔の宮方)は打ち物([太刀])の鞘を外して、次第に近付くところに、北の峯より赤旗三本、松の嵐にはためいて、その勢六七百騎ばかりが駆けて来ました。その勢が次第に近付くと、三手に分かれて鬨の声を上げて、玉置庄司([鎌倉時代中期ころから台頭した紀伊国の武士団で十津川郷士])の前に立ちました。真っ先に進んだ武者が大声を上げて、「紀伊国の住人野長瀬の六郎(野長瀬盛忠もりただ)・同じく七郎(野長瀬盛衡もりひら)、その勢三千余騎で大塔の宮(護良もりよし親王。第九十六代後醍醐天皇の皇子)のお迎えに参ったところ、畏れ多くもこの君に向かい、弓を引き楯を並べる者は誰ぞ。玉置庄司殿と見るが間違うておるや、ただ今にも滅びる武家に逆命([命令に逆らうこと])し、即時に運を開かせるであろう親王に敵対申しては、一天下いずれの所に身を置くべき。天罰はたちまちぞ、これを鎮めるためのこの一戦、余すな漏らすな」と、喚き叫んで懸かりました。これを見て玉置の勢五百余騎は、敵わないと思ったのか、楯を捨て旗を巻いて、たちまちに四方八方へ逃げてしまいました。


続く
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by santalab | 2014-06-16 07:46 | 太平記 | Comments(0)

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