早天に、源太左衛門、御所へ参りければ、祐信、遙かに門送りして、「彼らが事は、一向に頼み奉る。如何にもよき様に申しなされ、郎等二人ありと思し召し候へ」と、まことに思ひ入りたる有様、哀れにて、源太も、不便に思えて、「げにや、子ならずは、何事にか、これほどのたまふべき。人の親の心は闇にあらねども、子を思ふ道に迷ふとは、げに理と思えて、景季も、子ども数多持ちたる身、さらさら人の上とも存じ候はず」とて、忍びの涙を流しけり。「心の及ぶところは、等閑あるべからず候ふ。心安く思ひ給へ」とて出でければ、頼もしくぞ思ひける。
早朝になって、源太左衛門(梶原景季)が、御所へ参るというので、祐信(曽我祐信)は、遙かに門送りして、「彼ら(一萬・筥王)のことを、よろしくお願いします。どうかよくように申し上げてください、郎等([家来])二人のことと思われて」と、思いつめた様子が、かわいそうで、源太(景季)も、哀れに思って、「分かりました、我が子でなければ、どうしてそこまで申しましょう。人の親の心は闇ではありませんが、子を思う道に迷うとは、もっともなことです、この景季も、子どもを多く持つ身です、まったく他人の身の上のこととも思えません」と言って、忍び涙を流しました。「できる限りのことを、等閑([おろそか])ならず申し上げましょう。安心なさいませ」と言って出て行きましたので、祐信は頼もしく思いました。
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続く)