ここに梶原平三景時、近く寄りて、祐信に申しけるは、「御歎きを見奉るに、推し量られて思ゆるなり。暫く待ち給へ。一端申して見ん」と言ひければ、弥太郎、大きに喜びて、暫く時を移しける。まことに景時、差し切りて申されんには、適ひつべしと、人々頼もしくぞ思ひける。景時、御前に畏まりければ、君御覧ぜられて、「梶原こそ、例ならず訴訟顔なれ」「さん候ふ。曽我の太郎が養子の子ども、ただ今、浜にて誅せられ候ふ。哀れ、某に、御預けもや候へかし。景時が申状、聞こし召し入れらるべきと、遍く思ひ候ふものをや」と、申しければ、君聞こし召して、「今朝より、源太申しつれども、預けず。汝、恨むべからず」と仰せ下されければ、力及ばず、御前を罷り立ちけり。
ここに梶原平三景時(梶原景時)が、近付いて、祐信(曽我祐信)に申すには、「お歎きを見て、まるで私事のように思われます。しばらくお待ちなさい。わたしからも申してみましょう」と言ったので、弥太郎(堀弥太郎)も、たいそうよろこんで、しばらく待つことにしました。景時が、頼朝に詰め寄って申せばば、赦されるのではないかと、者たちは頼もしく思いました。景時が、御前に畏まると、君(源頼朝)は景時を見て、「梶原(景時)よ、いつもと違うな訴え申すことがあるか」「そうでございます。ただ今、曽我太郎(曽我祐信)の養子の子ども(一萬・筥王)が、ただ今、由比ヶ浜で誅せられようとしております。哀れで、わたしに、預けてくださいませんか。この景時が申せば、聞き入れていただけると、皆人が申しますので」と、申せば、君(頼朝)はこれを聞いて、「今朝も、源太(梶原景季。景時の嫡男)が申したが、預けなかったのだ。お主よ、わたしを恨むでないぞ」と申したので、仕方なく、景時は御前を立ちました。
(続く)