その後、あれやこれやと思い浮かべましたが、ほかにはっきりと思い出すものはございません、ただ独りおられる母がどれほど心配なさっておられることか、まだ世におられるのかと、そればかりが心から離れず、折々悲しんでいましたが、今日この子【小君】を見て、この子の顔は小さい時に見たのとまったく変わりません。涙を忍ぶのも耐え難いものでしたが、今さらながらこの子にさえ、この世にいると知られないままのほうがよいと思うのです。母がもし世におられるのならば、母だけには会いたいと思いますが。僧都がお話されたお人【薫】には、けっして知られたくないと思っております。なんとか、嘘を申してでもわたしのことは知らせないでください」と申せば、尼君は「それはむつかしいことです。僧都は聖の中でも嘘の付けないお方です。きっと何もかも話されたことでしょう。嘘を申したところで後にばれてしまいます。僧都は浅はかなことはなさいません」などと口々に申して、「世にないほど強情な方ですね」と、皆申して、母屋に寄せて几帳を立てて小君を中に入れました。
(続く)