僧都は山籠もりの決意が固く、今年は里に出まいと思っていましたが、「年老いた母親を道中で亡くすのもつらいことじゃ」と驚いて、急ぎ母の許にやって来ました。命を惜しむべきもないほどに高齢の母でしたが、自らもまた弟子の中で験ある者を用いて加持を行いました。家の主人がこれを聞いて「御嶽精進をしておりますが、たいそう高齢であるお方が、病い重らせては精進もままなりません」と不安になって言いました。僧都は誰しもそう思うことだろう、迷惑に思っているに違いないと思いました。それにたいそう手狭でむさくるしいところでしたので、母をなんとかして連れ出そうとしましたが、中神塞がりで尼君たちが住んでいる方角は忌むべき方に当たっていました。「故朱雀院の御領で、宇治院と言う所がこのあたりにあったはずじゃ」と思い出しました。院守のことを僧都はよく知っていたので、「一、二日泊りたい」と伝えに使いを遣りました。使いは「院守は初瀬に、昨日より皆参詣に出かけております」と聞いて、代わりにたいそう身分の賎しい宿守の老人を連れて来ました。
宿守は「お出でになられるのなら、お急ぎください。何もない院の寝殿ではございますが。参詣の人たちはいつも泊っておられますから気遣いは無用でございます」と言ったので、僧都は「それはありがたいことじゃ。公所ではあるが、人がいないのはかえって気が楽じゃ」と申して、宿守に様子を見に行かせました。宿守の老人は、いつもこのように泊る人に馴れていたので、簡素な準備をして戻って来ました。
(続く)