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「増鏡」山のもみぢ葉(その3)

御髪みぐしいとこちたく、五重いつへあふぎとかやを広げたらん様して、少し色なる方にぞ見え給へど、すぢ細やかに、額ひたいより裾までまがふ筋すぢなく美し。只人には、げにしかりぬべき人柄にぞおはする。几帳押し遣りて、わざとなく拍子ひやうしうち鳴らして、御こと弾かせ奉り給ふ。をりしも中納言まゐり給へり。「こち」とのたまへば、うち畏りて、御簾みすの内にさぶらひ給ふ様かたち、この君しもぞまたいとめでたく、あくまでしめやかに、心の底ゆかしう、そぞろに心遣ひせらるるやうにて、細やかになまめかしう、澄みたる様して、あてに美し。いとどもてしづめて、騒ぐ御胸を念じつつ、用意をくはへ給へり。笛少し吹きなどし給へば、雲井に澄み上りて、いと面白し。御ことの音のほのかにらうたげなる、掻き合はせのほど、中々聞きも止められず、涙浮きぬべきを、つれなくもてなし給ふ。撫子なでしこの露もさながらきらめきたる小袿こうちきに、御髪みぐしはこぼれかかりて、少しかたぶきかかり給へるかたはらめ、忠実まめやかに、光を放つとは、かかるをやと見え給ふ。よろしきをだに、人の親はいかがは見なす。ましてかくたぐひなき御有様どもなんめれば、よに知らぬ心の闇に迷ひ給ふも、ことわりなるべし。




髪はとても美しく、五重の扇を広げたようでございました、少し色は劣るように見えましたが、髪は細く、額から裾までまっすぐに伸びた様は美しいものでした。並の人の妻には、まこともったいないほどの人でございました。几帳([間仕切りや目隠しに使う屏障具])を押し退けて、わざとなく拍子を打ち鳴らし、箏(箏の琴)を弾いていたのでございます。そこへ中納言(洞院公宗きんつね)が参ったのでございます。「こちらへ」と申せば、畏り、御簾の内に座っているその姿は、たいそう美しいものでございました、物静かで、心は奥ゆかしく、気遣いもあり、貴やかで、清く、品のある美しさでございました。公宗は心を静めて、騒ぐ胸を押さえながら、笛を取り出しました。笛を少し吹けば、雲居に鳴り渡り、とても趣きがございました。箏(箏の琴)の音をほのかに、弾き合わせますと、公宗は思わず、涙を浮かべましたが、それとなく紛らわすのでございました。撫子(洞院佶子きつし)も露の涙をきらめかせながら小袿には、髪がかかり、少し顔を伏せておりましたが、心を尽くして、光を放つとは、このようなことを申すのでしょうか。かわいい我が子を、人の親はどう思うのでございましょう。まして類ないほどの有様でございますれば、知ることもない心の闇に迷うのも、当然のことでございましょう。


続く


by santalab | 2014-08-10 09:50 | 増鏡

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