正和も二年になりぬ。今年御本意遂げなんと思さる。長月の暮れつ方、賀茂に忍びて御籠りのほど、をかしき様のことども侍りけり。近く候ふ女房どもも、うちしほたれつつ、晦方の空の気色、いと物あはれなるに、御製、
長月や 木の葉もいまだ つれなきに 時雨ぬ袖の 色や変はらん
また、
我が身こそ あらずなるとも 秋の暮 惜しむ心は いつも変はらじ
正和も二年(1313)になりました。伏見院(第九十二代天皇)は本意を遂げようと思われました。長月([陰暦九月])の終わり頃、賀茂(上賀茂神社?)に忍ばれてでお籠りになられましたが、いつにもないことがございました。近くに仕える女房たちも、時雨に降られて、晦方([月末])の空の景色は、たいそう物悲しげでございました、御製([天皇の作る詩文や和歌])、
長月の木の葉もまだ色付いておらぬのに、どうして時雨に濡れるこの袖ばかりが、涙色に染まるのであろうか。
また、
我が身がなくなろうとも、この秋の暮れを惜しむ心ばかりは、いつまでも残ることであろう。
(続く)