明け方近うなりにけり。上の御製、
鐘の音も かたぶく月に かこたれて 惜しと思ふ夜は 今宵なりけり
と
講じ上げたるほど、
景陽の鐘も響きを添へたる、
折からいみじうなん。いづれも怪しうはあらぬ歌ども
多く聞こえしかど、御製の鐘の音に勝れるはなかりしにや。
明け方も近うなりました。上(第九十六代後醍醐天皇)の御製([天皇や皇帝、また皇族が手ずから書いたり作ったりした文章・詩歌・絵画など])、
鐘の音も、傾く月を嘆いておるようだ。今宵ほど夜が明けるのを惜しくおもったことはない。
と詠み上げられますと、景陽の鐘([暁に鳴らされる鐘])も響きを添えて、なんとも申せず趣きがございました。どれもすばらしい歌ばかりでございましたが、御製の鐘の音に勝る歌はございませんでしたか。
(続く)