一院は、忠継の宰相の娘の中納言の典侍殿と言ふ腹にも、男女御子たち数多物し給ふ中にも、優れ給へる内親王を、いと愛しきものに傅き聞こえさせ給ふ。この御世にも、また、為世の大納言承りて撰集あり。新後撰集と聞こゆ。嘉元元年披露せらる。
一院(第九十一代後宇多院)には、忠継宰相(五辻忠継)の娘の中納言の典侍殿(五辻忠子)という腹にも、皇子皇女が多くございましたが中でも、優れておいででございました内親王(後宇多院の第一皇女、奨子内親王)を、たいそう大事にされておられたということでございます。この時代にも、また、為世大納言(二条為世)が命じられて撰集されました。新後撰集(『新後撰和歌集』)と呼ばれております。嘉元元年(1303)に奏上されました。
(続く)