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「増鏡」叢時雨(その3)

六月ばかりいみじう暑きほどに、壇ども軒をきしりて、護摩の煙満ち満ちたる様、いとおどろおどろしきまでけぶたし。社々の神馬じんめはさらにも言はず、医師くすし陰陽師おんやうじかんなぎども立ち騒ぎ、世の響く様、めでたく由々しきにも、もし皇子わうじにておはしまさざらんをり、いかにと思ふだに、胸潰るるに、いかなる御事にか、怪しう、さるべきほどもうち過ぎ行けば、なほしばしはさこそあれなど、待ち聞こゆれど、さらにつれなくて、十七八、二十、三十月にも余らせ給ふまで、ともかくもおはしまさねば、今は空言のやうにぞなりぬる。大方、上下の人の心地、浅ましとも言ふべききはならず。御産屋うぶやの儀式、あるべきことどもなど、こちたきまでもよほし置かれ、よろしき家の子ども、二親ふたおやうち具したる選ばれしかど、ここらの月来には、あるはぶくになり、その主も病ひしてかしら下ろしなど、すべてよろづ敢へなくめづらかなれば、言はん方なし。




六月ばかりのとても暑い頃のことでございました、壇を軒まで積み上げて、護摩の煙が満ち満ちた様は、言葉で申せないほど怪しいまでの煙でございました。社々の神馬は申すまでもなく、医師・陰陽師・巫([神掛かる役目を持つ職。巫女])たちが大騒ぎで、世を轟かすほどでございました、めでたく畏れ多いことではございましたが、もし皇子がお生まれになられたなら、この世はどうなってしまうのかと思えば、胸が潰れるほどでございましたが、どういうことでございましょう、不思議なことではございましたが、その月ほども過ぎ行き、なおしばらくはなどと、待っておりましたが、まったくそのような話も聞かぬ間に、十七八、二十、三十月にも余るほどになりましても、お子がお生まれになられたとは聞かず、そのうちに空言ではなかったかと思うようになりました。大方、上下の人の思いは、残念と申すほかございませんでした。産屋の儀式([出産後産屋で行われる行事・儀式])をはじめ、ありとあらゆること、煩わしいまでに準備されて、身分の高い家の子で、あるべきことどもなど、二親ともある人が乳母に選ばれておりましたが、この頃ともなりますと、ある人は喪に服し、主も病いになって頭を下ろしたりと、どちらもあえなくおなりになって、なんとも申せない有様でございました。


続く


by santalab | 2014-09-08 08:36 | 増鏡

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