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「とりかへばや物語」巻一(その7)

春のつれづれ、御物忌みにてのどやかなる昼つ方、姫君の御方に渡り給へれば、例の御帳の内に、箏の琴を忍びやかに弾きすさび給ふなり。女房などここかしこに群れ居つつ、碁・双六など打ちて、いとつれつれげなり。御几帳押し遣りて、「などかくのみ埋れては。盛りなる花のにほひも御覧ぜよかし。御達などあまりいぶせく、物すさまじげに思ひて侍はや」とて、床に押しかかりて居給へば、御髪は丈に七八寸ばかり余りたれば、花薄はなすすきの穂に出でたる秋の景色を思えて、裾付きのなよなよとなびきかかりつつ、物語に扇を広げたるなど、こちたく言ひたるほどにはあらで、これこそなつかしかりけれ、いにしへのかぐや姫も、けぢかくめでたき方はかくしもやあらざりけん、と見給ふにつけては、目も暮れつつ、近く寄り給ひて、「こは、いかでかくのみはなり果て給ふにか」と、涙を一目浮けて、御髪を掻き遣り給へば、いと恥づかしげに思し入りたる御気色、汗になりて、御顔の色は紅梅の咲き出でたるやうに匂ひつつ、涙も落ちぬべく見ゆる御目見まみのいと心苦しげなるに、いとど我もこぼれて、つくづくと事々なくあはれに見奉り給ふ。




春ののどけさに、権大納言は物忌みで暇をもてあまして、姫君【若君】の許を訪ねると、いつものように御帳の内で、箏の琴を忍ぶように弾いておりました。女房たちはここかしこに集まって、碁・双六などを打って、思い思いに楽しんでおりました。権大納言は几帳([間仕切り])を押し退けて、「どうして部屋に籠もってばかりおるのだ。盛りの花でも見ればよいものを。女房たちも暇をもてあまして、たいくつに思っておることだろう」と申して、床に押しかかるように座りました、姫君【若君】の髪は丈に七八寸(約21~24cm)ばかりも余り、すすきの穂が出た秋の景色のように思えて、裾元はなよなよとなびき、物語に扇を広げたようなどと書かれているほどに、大げさではなく、なんともいえない雰囲気をかもし出していました、昔のかぐや姫でさえ、これほど親しみをおぼえることはなかったであろう、と見るにつけても、目も暮れ、権大納言は姫君【若君】の近くに寄って、「なんとも情けないことよ、どうしてこんな風に育ってしまったのだろう」と、涙を目に浮かべて、髪を掻き撫でると、姫君【若君】はとても恥ずかしそうな表情で、汗さえ流し、顔色はまるで紅梅が咲いたように赤みて、涙も流そうかと見えるほどその姿が悲しげなので、権大納言はさらに涙がこぼれて、つくづくと哀れなものに思えるのでございました。


続く


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by santalab | 2014-09-09 21:38 | とりかへばや物語 | Comments(0)

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