さるは、傍ら痛ければ、つくろひ化粧じ給はねど、わざともいとよくしたる色合ひなり。御額髪も汗にまろがれて、わざとひねりかけたるやうにこぼれかかりつつ、らうたく愛嬌付きたり。白くおびたたしくしたてたるは、いと気疎かりけり。かくてこそ見るべかりけれと見ゆ。十二におはすれど、かたなりに後れたる所もなく、人柄のそびやかにてなまめかしき様ぞ、限りなきや。桜の御衣のなよよかなる六つばかりに、葡萄染めの織物の袿、淡ひにぎははしからぬを着なし給へる、人柄にもてはやされて、袖口・裾の褄までおかしげなり。いで浅ましや、尼などにて、ひとへにその方の営みにてや傅きなまし、と見給ふも口惜しく、涙ぞ掻き暮らされ給ふ。
いかなりし 昔の罪と 思ふにも 此世にいとど 物ぞかなしき
さすがに、憚りがあるのか、姫君【若君】は化粧はしませんでしたが、かえってそれが雰囲気をかもし出していました。額髪([前髪])が汗で濡れて、ひねったように流れて、かわいらしく見えました。顔を白く塗りたてるのは、たいそう違和感があるものです。やはり素顔が一番だと権大納言は思うのでした。姫君【若君】は十二歳でしたが、人並みの背丈があり、ほっそりとして若々しくて、なんとも言えず美しい様でした。桜色の衣を六つ襲([表衣と単との間に五枚の袿を重ねて着ること])に、葡萄染め([薄い赤紫色])の織物の袿([衣])、薄色でけばけばしくないものを着ていましたが、人柄が滲み出て、袖口・裾の褄までなんともいえない趣きがありました。残念なことでしたが、尼などになして、ひたすら仏道の営みをさせて面倒を見るほかないだろうか、と思うに付けなんとかならないものかと、権大納言は涙に暮れるのでした。
いったいどれほど昔に罪があったのだろうかと、思ってあきらめようとしても、この世にどうしてと、悲しむばかりぞ。
(続く)