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「とりかへばや物語」巻一(その9)

西の対に渡り給ふに、横笛の声すごく吹き澄ましたなり。空に響き上りて聞こゆるに、我が心地も掻き乱るやうなれど、さりげなくもてなして、若君の御方を覗き給へば、うち畏まりて笛はさし置きつ。桜・山吹など、これは色々なるに、萌黄もえぎの織物の指貫さしぬき着て、顔はいとふくらかに、色あはひいみじう清らにて、目見まみらうらうじう、いづことなくあざやかににほひ満ちて、愛敬は指貫の裾までこぼれ落ちたるやうなり。見まほしく目も驚かるるを打ち見るに、落つる涙も物の嘆かしさも忘られて、うち笑まるる御様を、あないみじ、これも本の女にてかしづき立てたらんに、いかばかりめでたく美しからんと胸つぶれて、御髪もこれは長さこそ劣りたれ、裾などは、扇を広げたらんやうにて、丈に少しはづれたるほどにこぼれかかれる様態・頭付きなど、見る毎に笑まれながらぞ心の内は掻き暮らさるるや。いと高き人の子どもなど数多あまた率て、碁・双六打ち、華やかに笑ひののしり、鞠・小弓など遊ぶも、いと様異にめづらかなり。




権大納言が西の対屋([離れ])に渡ると、横笛の音がはっきりと聞こえてきました。空に響くほどでしたので、心も掻き乱れるようでしたが、何もない素振りで、若君【姫君】の部屋を覗くと、畏まって笛を置きました。桜・山吹など、色々の衣に、萌黄色の織物の指貫([袴])を着て、顔はふっくらとして、色は白くとても美しく、目元はかわいらしく、どことなく貴賓に満ちて、愛敬は指貫の裾までこぼれ落ちるようでした。思わず目を留めてじっと見れば、落ちる涙も悲しみも忘れて、微笑んでしまいそうになりました、なんとも悲しいことよ、これも女としてかわいがることができたなら、どれほどめでたいばかりに美しいのだろうと思えば胸はつぶれて、髪も姫君【若君】ほど長くはありませんでしたが、裾は、まるで扇を広げたようで、丈に少し足りないほどに流れる様・形を、見る毎に思わず微笑まずにはいられない心の内は悲しいものでした。とても身分の高い人の子どもなどと一緒になって、碁・双六を打ち、明るく笑い合って、鞠・小弓などをして遊ぶ姿は、なんとも異様で不思議でした。


続く


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by santalab | 2014-09-09 21:53 | とりかへばや物語 | Comments(0)

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