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「宇津保物語」俊蔭(その55)

二所続きて入り給ふに、いみじき物の音、響き増さりつつ聞こゆ。空にもつかず、地にもつかず聞こゆる時に、怪しく聞きわづらひて、なほ、山の末を指して入り給ふ。向かひたる峰、勝れて高し。その峰の空に聞こゆ。厳しう繁りて、森のごと繁りて見ゆる中に、この琴の声聞こゆ。かの峰を指して入り給ふに、空につける山に、けだものふすまを敷き給むやうにある時に、兄大臣おとど聞こえ給ふ。「さればこそ聞こえつれ。むくつけくもあるかな。なほ帰りなむ。いざ給へ」とのたまへば、「悪き事をものたまはするかな。これこそ面白けれ。深き山に獣住まずは、何をか、山と言はむ。檀特山 だんとくせんに入るとも、兼雅ら、獣にすべき身かは。この獣、『害の心なすや』と見給へむ」とて、御馬をば尻打ちて、入り給へば、飛びに飛ぶ御馬にもとよりも乗り給ひつれば、雲につきてかけるやうにて入り給ふに、御馬ぞひも、さらに参らず、その麓にとまりぬ。兄の大臣は、御馬も劣りて、え追ひつき給はで、とまり給ひぬべけれど、昔、父母の、賀茂詣での時騒ぎのたまひしを思し出でて、「なき御影にも、『さる獣の中に一人入りて、とまりぬる』とは見え奉らじ」と励み給へど、かれは、大将におはすれば、やなぐひ負ひたれば、獣もり聞こゆ。この大臣は、さもおはせねば、いと恐ろしうて、なほ、え上り給はず。大将は、いみじき尾を五つ越えておはするに、獣、早う、貝を伏せたらむやうに、同じうへに立ち込みたるに、分け入りて、この琴の音を尋ねて、うつほある杉の木のものにうち寄りて、馬より下りて、見巡り給ふ。




二人が続いて山に入っていくと、すばらしい琴の音が、響きを増して聞こえてきました。空から聞こえるでもなく、地から聞こえる風でもなく、不思議な音色でしたので、さらに、山の奥を目指して入って行きました。正面にそびえる峰は、他の山と比べようのないほど高い山でした。その峰の空の方から琴の音が聞こえてきました。草木が密に繁って、まるで森のように繁っている中から、この琴の音が聞こえてきます。その峰を目指して山に入っていくと、空に届く山には、獣が衾(今の掛け布団)を敷きつめたようにぎっしりといました、兄の右大臣が言いました。「まわりをよく見ろ。なんとも恐ろしいことよ。このまま帰ろうではないか。そうしよう」と言ったので、右大将は、「みっともないことを言わないでください。面白いではないですか。こんなに深い山に獣が住まなければ、何を、山と言うのですか。檀特山(釈迦が、須大拏 しゆたぬ太子であった時に、菩薩の修行をしたという山)に入ったとしても、この兼雅を、獣に与えたりはしませんよ。ここの獣が『危害を加える』のかどうか確かめてみましょう」と言って、馬の尻を打って、獣の中に入って行きました、右大将は飛ぶように走るこの馬に以前から、乗り馴れていましたので、雲に届くかのように高く翔けて入っていけば、帝の従者たちは、後を追うこともできず、麓に立ち止まるほかありませでした。兄の右大臣は、馬も劣って、追いつくことができず、やはり、馬を止めたままでした、弟の右大将は、昔、父母が、賀茂神社(今の上賀茂神社と下鴨神社、京都市北区にあります)に詣でた時に騒ぎになったことを思い出して、「あの頃は意気地がなかったな、『こんな獣がたくさんいる中にたった一人で入って、行くなんて』ことは想像もしなかったことだ」と気持ちを奮い立たせましたが、彼は、大将でした、胡ぐい(矢を入れる道具)を背中に負っていましたので、獣も避けているようでした。兄の右大臣は、そんなものは持っておらず、とても恐ろしかったので、これ以上、山を上ることはできませんでした。右大将が、険しい尾根を五つ越えていくと、獣は、驚くことに、貝のようにぎっしりひしめき合うようにして、頂上に向かうにつれますます立ち込めるようでしたが、その中を分け入って行きました、あの琴の音を探し求めて、うつほのある杉の木の元に近付いて、馬から下りて、あたりを見渡しました。


続く


by santalab | 2014-09-16 12:44 | 宇津保物語

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