Santa Lab's Blog


「宇津保物語」藤原の君(その9)

かくて、いづれともなくけうらにおはしましける中に、貴宮あてみやは、御歳十二と申しける如月きさらぎに御裳奉る、ほどもなく、大人になり出で給ふ。あるが中に、かたち清らに、おほん心らうらうじく、今めきたる御心にあり、物の心も思し知りたれば、父大臣おとど、母宮、限りなくかしづき奉り給ひて、「この君を、いかにせまし」と思してあり経給ふほどに、民部 みぶ卿、中将の御弟、左大臣殿の三郎にあたり給ふ、実忠さねただといふ、宰相にて、この貴宮に御心付き給ひて、「いかで聞こえむ」と思せど、父大臣に聞こえ給ふとも、許され給ふまじく、忍びて貴宮に聞こえ給はむも、すずろなるべければ、思ほしわづらひて、「ただ、民部卿の殿の御方に聞こえむ」と思し渡るに、貴宮の御乳母子めのとご、容も清げに、心ばへある人、兵衛の君とてさぶらふに語らひ付き給ひて、「『実忠、殿に候ふ』とは、中の大殿おとどに知らせ給へりや」などて、思すことをのたまへば、「ことたわぶれ言はのたまふとも、このかかる口遊びは、さらに承らじ」と聞こゆれば、「人の初言うひごとは、咎めぬものぞ」などて、「思ひ余りてこそ、ここらの人の御中に、君にしも聞こゆれ」とのたまへば、兵衛、「さらば、忠実まめやかなる御心ざしにてのたまはするか。『栄しては、かかることはのたまふまじ』とこそ思ゆれ」など聞こえつつあるに、宰相、めづらしく出で来たる雁の子に書きつく、

卵の内に 命籠めたる雁の子は 君が宿にて 孵さざるらむ

とて、日来はとて、「これ、中の大殿にて、君一人見給へ。人に見せ給ふな」とて取らせ給へば、兵衛、うち笑ひて、「かばかりにをや。罪作らむ人のやうにもこそ。仕うまつれば」。「いで、かばかりぞかし、御心は」とのたまふ。兵衛、賜はりて、貴宮に、「巣守すもりになり始むる雁の子御覧ぜよ」とて奉れば、貴宮、「苦しげなる御物願ひかな」とのたまふ。




このように、いずれも稀なほどに美しい子たちの中にあって、貴宮は、十二歳の二月に裳を着て(成人式)、ほどなく、大人になりました。美しい兄弟たちの中でも、特に顔かたち清らかで美しく、明るく、華やかで、分別もありましたので、太政大臣の父、母(女一の皇女)は、限りなく大切に育て、「この子を、これからどうさせましょうか」と期待しておりました、民部卿(民部省の長官、正四位下相当)、中将の弟にあたる左大臣の三男にあたる、実忠という、宰相(参議)が、この貴宮に想いを寄せて、「どうしたら想いを伝えることができるだろう」と悩んでいましたが、父(左大臣)に相談したところでどうすることもできないと思われて、忍び貴宮に伝えることも、不可能だろうと、思い悩み、「やはり、民部卿(兄)に相談するしかないのか」と思い続けているうちに、貴宮の乳母の子で、顔かたち清らかに美しく、思いやりのある人、兵衛(実忠が「殿」と呼んでいますから、兵衛佐、つまり兵衛府の次官ではないでしょうか。兵衛佐は「佐殿すけどの」と呼ばれてたらしい)の君に話しかけて、「『実忠、殿にご相談があるのだが』と、どうすれば太政大臣の御殿の中の人に伝えることができるだろうか」などと、思うままに話せば、兵衛佐は、「冗談を申されては、そのようなむだ口は、これ以上聞きませんよ」と答えました、「人の初言を、悪くいってはなりません」などと言って、「思い余って、数ある人の中で、あなたを頼りに話しておるのだ」と言ったので、兵衛佐は、「そうでしたか、真剣な気持ちで申されておられますか。『興味をそそるために、わざわつまらないことを話しても仕方ありません』と思います」と答えました、宰相が、珍しく見つけた雁の卵に歌を書き付けました。

かひの中に、雁の子の命が宿っております。この卵をあなたの住む殿で、かへしたいと思うのですが。

「と、数日中に」と言って、「これを、中の御殿へ持って言って、貴宮だけに見せてほしい。決して他人に見せてはいけません」と兵衛佐に渡しました、兵衛佐は、笑いながら、「それを伝えればよろしいのですね。泥棒のようにこっそり入ることにしましょう。承知いたしました」。宰相は、「いや、それで十分です、わたしの想いとしては」と言いました。兵衛佐は、宰相の頼みを受けて、貴宮に、「もうすぐ生まれる雁の子を見てください」と差し上げると、貴宮は、「無理なお願いです」と答えました。


続く


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by santalab | 2014-09-23 10:42 | 宇津保物語 | Comments(0)

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