少将ほの聞きて、嵯峨野へ先に行きて、松原に隠れ居て見れば、この車ども近く遣り寄せて、立ち並べたり。雑色、牛飼ひなどをば遠く退けて、侍二三人ばかり近く寄せて、女房、端者など、車より下りて、松引き遊びけり。姫君たち、車の簾上げたれば、たしかならねど、ほのかに見ゆ。少将よく隠れ見るをも知らず、女房ども、「いとをかしきこの景色、御覧ぜよかし」「見苦しくも侍らず」「様々の草ども萌え出でたり。懐かしく」など聞こゆれば、中の君、下り給へり。紅梅の上に濃き綾の袿、着給へり。さし歩み給へる様いと貴やかに、髪ば袿の裾に等しかりけり。次に三の君、下り給へり。花山吹の上に、萌黄の袿なり。ありつかはしき様は、今少し優りてぞ見え給へる。
少将はこのことをかすかに聞いて、嵯峨野(今の京都市右京区)に先回りして、松原に隠れていると、姫君たちの乗った車が近くやって来て、車を並べました。雑色([雑用])、牛飼い([牛を使って牛車を進ませる者])などを遠く離し、護衛の者ばかり二三人を近くに置きました、女房、端者([召使いの女])たちは、車から下りて小松を引いて遊びました(子の日の遊びです)。姫君たちが、車の簾を上げたので、はっきりとは見えませんでしたが、ほのかに姫君たちが見えました。姫君たちは少将が隠れていることを知りませんでした、女房たちは「早く車から下りてとても趣きのある景色を、ご覧くださいませ」「まわりには誰もおりません」「さまざまな草が萌え出しております。待ち遠しかった春の装いでございますよ」などと申したので、中の君が、車から下りました。紅梅([紅梅織]=[平織りの織物])の上に濃い([紅色])綾織の袿([丈の短い衣])を着ていました。歩く姿は気品があり、髪は袿の裾まで伸びていました。次に三の君が、車から下りました。花山吹([黄色])の着物の上に萌黄([青黄色])の袿を着ていました。美しさは、中の君に少し優っているように思えました。
(続く)