姫君は、頓にも下り給はぬを、「いかに」と責めければ、侍従差し寄りて、「いかに、人をば下ろし参らせて」と申しければ、下り給へり。桜襲の御衣に紅の単袴踏みしだき、さし歩み給へる御姿、いと気高く、髪は袿の裾に豊かに余りて、美しさ、絵に描くとも、筆も及び難くぞ見え給ひける。少将、これを見参らせて、「世には、かくめでたき人も侍るにや」と思して、大きなる松の下に隠れ居給へるを、この姫君しも見つけ給ひて、顔うち赤めて、急ぎ車に乗り給へるにつけても、心ある様なり。各々騒ぎ隠れ合へる様も、あらまほしきほどなり。
姫君は、なかなか車から下りませんでしたので、女房たちは「さあ早く」と催促しました、侍従が姫君に近付いて、「車から下りてくださいませ、女房たちが申しております」と申したので、姫君は車から下りました。桜色の衣に紅色の単袴([裏をつけない袴])を着て、歩く姿は、とても上品で、髪は袿の裾よりもはるかに長く伸びて、その美しさは、絵に描くとも、筆も及ばないことに思えました。少将は、姫君を見て、「世に、これほど美しい人がいるとは」と思いながら、大きな松の木の下に隠れているのを、姫君が見付けて、顔を赤らめて、急いで車に乗り込みました、とても恥ずかしげに思えました。女房どもも声を上げて隠れましたが、もっともなことでした。
(続く)