日数経るままに思ひ乱れ、「いかにせん」とのみ、悲しみ給ひて、例の対の御方に、佇み寄り、侍従に会ひて、「浅ましく、人々に謀られて、かかる物思ふことの理なさよ。いかにをかしと思しけん、消えも失せまほしけれども、さすがに、捨て遣らぬものは人の身に」などとて、うち涙ぐみ給ひて、「今はいかが、ただ一言聞こえさすべきことの侍るなり。これ御覧ぜさせよ」など、度々のたまひければ、侍従、「昔だにも、聞こえ煩ひしことなり。今は、いよいよ難き仰せにこそ」と言えば、「我が君、一度の返り言をのたまひたらば、この世の思ひ出にこそと思ふなり」と聞こゆれば、「それも、いかが」と思へども、否み難くて、度々ほのめかしけれども、叶はざりけり。
少将は日を経るにつれますます思い乱れ、「なんとしても姫君に逢いたい」とばかり思い、悲しみはつのりました、いつも姫君が住む対屋の方に佇んで、侍従に会い、「情けないことに、だまされて、苦しくてやりきれない。愚か者と思われても仕方ないが。この世から消え失せてしまいたいと思ったりもするが、さすがに、命ばかりは中々捨てきれないものよ」などと、度々申して、涙ぐみ、「今となってはどうしようもないことと思うが、ただ一言の返事が欲しい。どうかこの文を届けてほしい」と、重ねて申すのでした、侍従は、「昔でさえ、返事はございませんでした。今となっては、なお難しいことでしょう」と答えましたが、少将は「わたしが想うあの姫君から、ただ一言の返事をもらって、一生の思い出にしようと思う」と申したので、侍従は「それも、叶いそうもない」とは思いましたが、かといって断わることもできずに、姫君に度々それとなく勧めました、けれど姫君の返事はありませんでした。
(続く)