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「増鏡」久米の佐良山(その38)

京には、十月になりて、御禊ごけい大嘗会だいじやうゑなどの急ぎに、あめの下物騒がしう、内蔵寮くらづかさ内匠寮たくみづかさ・打ち殿・染殿そめどの、何くれの道々につけて、かしがましう響き合ひたるも、かたつ方は涙のもよほしなり。悠紀ゆうき主基しゆきの御屏風の歌、人々に召さる。書くべき者のなければ、かしこへまゐれる行房ゆきふさ中将ちゆうじやうをや召しかへされましなど、定め兼ね給ふを、まだきに伝へ聞こし召しければ、よひの間のしづかなるに、御前おまへに異に人もなく、この朝臣ばかりさぶらひて、昔今むかしいまの御物語のたまふついでに、「都に言ふなる事は、いかがあらんとすらん。さもあらば、いとこそ羨ましからめ」と、うちおほせられて、火をつくづくと眺めさせ給へる御目見まみの、忍ぶとすれど、いたう時雨させ給へるを見奉るに、中将ちゆうじやうも心強からず、いと悲し。




京では、十月になって、御禊([天皇の即位後、大嘗会の前月に賀茂川の河原などで行うみそぎの儀式])・大嘗会([天皇が即位後初めて行う新嘗祭])の準備に忙しく、天下は物騒がしうございました、内蔵寮([中務なかつかさ省に属し、金銀・珠玉や供進の御服、祭祀の奉幣などを司った])・内匠寮([中務省に属し、調度の作製・装飾をつかさどった役所])・打ち殿([装束に仕立てる平絹や綾をきぬたで打ってつや出しするための建物])・染殿(宮中や貴族の邸内で糸や布の染め物をした建物])、そこここで、やかましいほどに音を立て響き合っておりましたが、一方隠岐では涙に明け暮れておいででございました。京では悠紀・主基([悠紀・主基は、大嘗祭における祭儀に関する名称])の屏風の歌を、人々に書くようにと命じられました。書くべき者がいなかったので、隠岐に参った行房中将(世尊寺行房)を召し返すよう申されました、行房はどうすべきか決めかねて、まだ後醍醐院(第九十六代天皇)には話しておりませんでした、宵の間の静けさに、御前には他に人もなく、この朝臣ばかり伺候されて、昔今の物語を話されておいででございましたが、「都から何か申してきたというが、何事か。もし召し返すということならば、なんとも羨ましいことだ」と、つぶやくように申されました、火をじっと眺めらるその目元から、忍ぼうとすれど、いたく涙がこぼれ落ちるのを見て、中将(行房)も心折れて、とても悲しくなりました。


続く


by santalab | 2014-11-18 08:28 | 増鏡

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