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「太平記」足利殿御上洛事(その3)

やがて使者を以つて被申遣けるは、「東国はいまだ世しづかにて、御心安かるべきにて候ふ。幼稚えうちの御子息をば、皆鎌倉に留め置きまゐらせられ候ふべし。次に両家りやうけていを一つにして、水魚すゐぎよの思ひを被成候うへ、赤橋相州さうしう御縁に成り候ふ、かれこれ何の不審か候ふべきなれども、諸人の疑ひを散ぜん為にて候へば、恐れながら一紙いつし誓言せいごんを被留置候はん事、公私に付いて可然こそ存じ候へ」と、被仰たりければ、足利殿、欝胸うつきよういよいよ深かりけれども、いきどほりをおさへて気色きしよくにも不被出、「これより御返事を可申」とて、使者をば被返てげり。その後舎弟兵部ひやうぶ大輔たいふ殿を被呼参て、「この事可有如何」と意見を被訪に、しばらく案じて被申けるは、「今この一大事を思し召し立つ事、まつたく御身の為にあらず、ただ天に代はつて無道ぶだうを誅し、君の御為に不義を退けんとなり。そのうへ誓言は神も不受とこそまうし習はして候へ。たとひいつはつて起請きしやうことば被載候とも、仏神などか忠烈ちゆうれつの心ざしを守らせ給はで候ふべき。なかんづく御子息と御台みだいとは、鎌倉に留め置き参らせられん事、大儀の前の少事せうじにて候へば、あながちに御心を可被煩にあらず。君達いまだ御幼稚えうちに候へば、自然の事もあらん時は、その為に少々被残置郎従らうじゆうども、いづ方へも抱きかかへて隠し奉りさふらひなん。御台の御事は、また赤橋殿とてもおはしまし候はんほどは、何の御痛はしき事か候ふべき。『大行たいかうは不顧細謹』とこそ申し候へ。これらほどの小事に可有猶予あらず。ともかくも相摸入道にふだうの申さんままに随つてその不審を令散、御上洛しやうらく候ひて後、大儀の御計略を可被回とこそ存じ候へ」と被申ければ、足利殿この道理に服して、御子息千寿王せんじゆわう殿と、御台赤橋相州さうしうの御妹とをば、鎌倉に留め置き奉りて、一紙いつし起請文きしやうもんを書いて相摸入道の方へ被遣。




やがて使者をもって申し遣るには、「東国はいまだ世は静かで、何の心配もありません。幼いご子息を、皆鎌倉に置かれてはどうでしょう。次に両家(足利高氏の正室は、北条久時ひさときの娘、赤橋登子なりこ)を一つにして、水魚([水魚の交わり]=[水と魚のように 切っても切れない親しい関係])になされて、赤橋相州(赤橋守時もりとき。登子の兄。相模守)と縁を結ばれておりますれば、何の不審もございませんが、諸人の疑いを晴らすためでございます、恐れながら一紙の誓言を留め置かれますよう、公私ともどもさるべきと存じ上げます」と、申されたので、足利殿(足利高氏)は、疎ましく思う気持ちがますます深まりましたが、怒りを抑えて顔には出さず、「こちらより返事申し上げます」と申して、使者を帰しました。その後弟の兵部大輔殿(足利直義ただよし)を呼んで、「どうすればよいだろう」と意見を訊ねました、直義はしばらく考えて申すには、「今の一大事(謀反)を思い立たれたのは、まったく私のためではありません、ただ天に代わって無道の者を誅し、君(第九十六代後醍醐院)のために不義を退けるためです。その上誓言は神もこれを受けずと申されましょう。たとえ偽って起請文を書かれても、仏神が忠烈([きわめて忠義心の厚いこと])の心ざしをお守りしないことはありません。申すまでもなくご子息と御台([正室])を、鎌倉に留め置くことなど、大儀の前の少事ですれば、深く思い悩むことはありません。君達はまだ幼くありますから、戦が起これば、少々留め置いた郎従([家来])たちが、どこにでも抱きかかえて隠されることでしょう。御台につきましては、赤橋殿がおられることですから、何のつらい目にも遭うこともございません。『大事を行うには、小事を気にしてはならない』と申します。これらほどの小事に猶予している隙はございません。ともかくも相摸入道(北条高時)の申すままに不審を取り除くことです、大儀は計略を廻らせてこそ成るものでございますれば」と申したので、足利殿(高氏)もこの道理をもっともだと思い、子息千寿王殿と、御台赤橋相州(赤橋守時)の妹(登子)を、鎌倉に留め置き、一紙の起請文を書いて相摸入道(北条高時たかとき)に使いを遣りました。


続く


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by santalab | 2014-11-27 12:40 | 太平記 | Comments(0)

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